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「あっ!これ!これ似てます!」
ある日ユメトがモニターを指さして言った。
「何に似てるって?」
「ゴシュジンのタマシイの色です!こんなの色してます!」
「…へえ?」
覗き込むと、『地球に残された自然』という特集ページだった。
そこで紹介されている写真を指して
「これです!きれい色でしょ?」
と、興奮しながらなぜか自慢げだ。
「ミ…シャカイ…ケ?へえ、日本なんだ」
「ミシャカーケ?」
「御射鹿池。カンジキャラクターが難しいね」
「カンジキャ…?」
「正しくはチャイニーズキャラクター、漢字っていう東アジアで使われている文字だよ。すごく複雑な文字なんだ」
「本当です。線が沢山あるます」
眉根を寄せて漢字に見入るユメトに、思わず笑みがこぼれる。
「それで、この池が僕の魂の色に似ているの?」
「はい!キレイでしょ?」
モニターの3D拡大モードで、画像を部屋いっぱいに映して見る。
まるでこの御射鹿池のほとりに立っているようだ。
鏡のように澄んだ水面に、淡い緑の木々が映りこむ。
木々の後ろは深い森なのか、おぼろに青い色をまとっている。
まるで神話に出てくる一場面のように神秘的な景色だ。
「こんな場所があるんだねえ」
「キレイでしょ?キレイでしょ?」
「う…うん。この場所はきれいだね」
「そうでしょ?そうでしょ?僕ゴシュジンのタマシイ見るのいつもキレイ思うです。ゴシュジンのタマシイ見る好きです。わかりました?」
ユメトはこんな風に僕が返答に困るようなことを言う。そして僕はそれが嫌いではない。
このところ僕の毎日は、朝だいたい7時頃に起きて、ユメトが作ってくれた朝食を食べ、その後午前中いっぱい部屋に籠り計画を進め(その間ユメトは食器を洗ったり洗濯物をしたり昼食を用意したりしている)、12時に昼ご飯(朝と夜しっかり食べるので軽めのもの)、お茶などして少し休んだ後は日によって計画の続きをしたり、バラの手入れをしたりした。
ユメトは畑仕事をしたり、時々農場に行ったりして、戻ったら二人で散歩に出掛け、たわいもない話をする。
夕飯を食べたら風呂に入って、お茶やコーヒーを飲んだりしながらまたたわいのないお喋り。
ルーティンがしっかり組み込まれてしまっているが、会社勤めの頃と違って、バラの世話や散歩、例の計画推進作業までも余裕をもって楽しんで過ごせている。
なんだかこんな日常が永遠に続くような、そんな錯覚を覚える日々だったが、定期的に主治医との遠隔診察があったり、不定期に発作が起こったりして、あくまでも錯覚なのだと思い知らされたりした。
「僕、今日『白雪姫』読んだです」
とある夜ユメトが言った時、僕は一瞬動揺してしまった。
例の計画を秘かに「白雪姫計画」と呼んでいた(我ながら子供っぽいが)からだ。
コーヒーのカップを倒してしまって、ユメトがテーブルを拭いたり新しいコーヒーを淹れてくれる間に気持ちを立て直し、平静を装って聞いてみた。
「あー、さっきの話だけど、どうだった?『白雪姫』」
「はい。面白かったです。小人さん七人も出てきたあるです」
「(そこなんだ)…他には?」
「うーん。…なんで新しいおキサキさま、白雪姫いじめるです?仲良くするがいいですよ?ママハハさんだからです?昔話によくママハハさん出てきます。ママハハさん沢山のお話で悪い役です。ママハハさん、あちこちで人いじめていけない人ですね」
「いや…ママハハは名前じゃないよ。血のつながらないお母さんって意味だよ。同じ人が色々なお話に出てきてるわけじゃないよ」
「違う人だったですか」
「うん」
会話をしながら、僕はこの家から少しだけ離れた裏山に設置した二つのアクリルケースのことを思い浮かべていた。
家やその近くからは見えない所がいいと考え、小高い位置にあるその場所に決めたのだ。
“その日”が来るまで、ユメトには見つけてほしくなかった。
僕らの埋葬場所になるところ。まあ正確には埋葬されるのは僕だけで、ユメトの棺は…………
「白雪姫のガラスの棺は、どうして土に埋めるしなかったです?」
今まさに棺のことを考えていたところだったので、このユメトの言葉にドキリとした。
「えっ?あっ…ガラスの棺がどうしたって?」
「小人さんたち、白雪姫を土に埋めないでガラスの棺に入れて置いておいたです。どうしてです?」
「そうだね、えーと………その……姫を土の下になんて埋めたくなかったんじゃないかな」
「埋めるだめですか?」
「うん……えっと……」
ユメトはいつになく真剣な眼で僕を見つめてきた。
まるで僕の計画を知っているようで、どうして自分をアクリルケースに永久保存しようとしているのか聞かれているようで、内心ひどく焦った。
「…ほら、白雪姫はとっても可愛くて……死んだように見えない……生きているみたいだったんでしょ?実際死んでなかったし。それなのに土の下に埋めるのは可哀想に思えたんじゃないかな」
「土に埋めるの可哀想ですか?」
「ガラスの棺を埋めずにいたら、棺の周りの森の木々が芽を出したり、花が咲いたり、朝の光が射したり、夜の星空も見せてあげられる……ように思ったんじゃないかな。土の中じゃそういうものは見られなくなっちゃうから」
「鳥さんやちょうちょさんが遊びに来ても大丈夫ですね」
「そうそう」
「ヘビさんやカエルさんも」
「……それは、白雪姫的にはどうかな…」
「皆遊びに来たら、白雪姫寂しいないですね。……小人さんたち白雪姫寂しいないようにしたかったですね」
「そうだね」
「小人さんたち、白雪姫大好きですね?好きだからそうした、ですね?」
ユメトのわずかにうるんだ瞳は、汚れのない赤ん坊のようだ。
その瞳をじっと動かさず僕を見つめてくる。
こんな無垢な眼差しを前に、絶対に嘘をつけない、真剣勝負をしているような厳かな気持ちで正直な思いを伝えた。
「そうだよ。本当に心から好きだからそうしたんだよ」
じっと僕の眼を見ていたユメトの瞳に笑みの表情が浮かんできた。
そして深い息をそっと吐くと、いつものユメトの声で
「わかるました」と言った。
まるで“白雪姫計画”を認めてもらえたような感覚だった。
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