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ユメトのうそ
計画はかなり順調に進んでいる。
遺言は正式に受理され、この土地は僕たちが使っている居住区域と埋葬予定地を含めナショナルトラストの所有地になることが決定した。
主治医と数度にわたる交渉の末、尊厳死用の薬品もどうにか手に入った(ただし「これは本当に最後の手段だからね」と何度も念を押された)。
アクリルケースも予定地にすでに設置済みだ。ケースの片方には蓋が閉まると同時に有機物保存ガスが噴出する仕掛けも備え付けた。
あとは最難関の「アンドロイド処理方法」の認可だけだ。
「とうとうここまできた…」
寝る前に計画表を見ながら、一人大きく息を吐いた。
勿論最後に残った作業が一番の難問なわけだが、それでもようやくここまで辿り着けたという感慨があった。
どうしてもやり遂げなければ、という強い意志があったから一人でやってこれた。
考えてみれば、僕は今まで一人で何かを成し遂げたことなんてあっただろうか?
子供の頃から「どうせ自分なんて」という思いが邪魔をして、何をやっても上手く出来なかった。
どうせ何かしたところで両親から褒められることはないと思い込み、やってみようとしたことさえなかった。
学生時代だって、授業でも課外活動でも自分から何かをしようと提案したり、中心になって動こうとしたことなんてなかった。
いつも人の後ろをチョロチョロとくっついて作業を手伝うことで、少しだけ何かした気分になっていただけだ。社会人になってからも似たようなものだ。
新人気分が抜けないまま、与えられた仕事を無難にこなしているだけの僕をよそに、同期の何人かはプロジェクトリーダーに抜擢されて活躍したりする者がいた。
それを横目に見ながら「才能があるやつはいいな」なんて思っていた。なんの努力もしないまま。
恥ずかしい。
僕はちゃんと生きてこなかった。
病気になった時も、さっさと自分の人生を諦めた。
もっと生きたいと足掻くくらい、悔しさで泣き叫ぶくらい、ちゃんと生きてくればよかった。
そのくせ本当はみんなから(両親から、兄弟から、クラスメイトから、ユメノから)認められたかった。
でも認められたいと努力して、やっぱり認めてもらえなかった時に傷つくのが怖かった。
認められたい気持ちに蓋をして、そんなもの最初から無い振りをした。
なんて中途半端な僕の人生!
その夜はひどい自己嫌悪に陥り、後悔の嵐でなかなか寝付けなかった。
おかげで翌朝は久しぶりに早起きのルーティンを破ってしまい、ユメトに怒られたり心配されたりした。
「時間がかかるでもいいですから、ご飯ちゃんと食べるですよ?」
ユメトが装ってくれたのは、野菜がいっぱいのミネストローネ。
食べやすいよう小さくカットされた野菜を柔らかく煮込んだスープは、食欲が大きく減退した朝(正確にはほぼ昼)でも、どうにか口に運ぶことが出来た。
きっと僕のために食べやすくて消化にいいものを考えて作ってくれたのだろう。
僕をダイニングに残してユメトは忙しく家事に勤しんでいる。掃除と洗濯は僕が起きてくるより先に済ませてしまったようだ。
夕飯の仕込みが終わると、
「ゴシュジンのバラに水をやってくるですね」
そう言い残して庭に出てしまった。
僕は昨日の続きの「人生反省会」を始める。
ここできちんと自分の過去に向き合っておかないと、いざ死ぬときにやっぱり後悔することになりそうだと思ったからだ。
そもそも僕はどんな人間なんだろうか。
見た目…ものすごく悪い、というほどでもないと思うが、かと言って決して良いとはいえない、平凡なルックス。
頭脳…悪い方ではないし、むしろ教科によってはそこそこ良い成績もとってきたが、かといって両親の自慢の種にはなれないレベル。
性格…はっきりしない、積極性ゼロ、自信がない、無難な道を選びがち、何と言ってもコミュニケーション能力の欠如が激しすぎる!
ユメトとは話が出来るが、それは相手がユメトだからだ。自分のことを全面的に受け入れてくれると、わかっているから。
未だにユメト以外の相手には、まともに目を見て話をすることも出来ないだろう。
(実は主治医相手にも、話をする時微妙に目を反らしていたりする)
……うん。何というか、わかってたけど、脱力しそうなほど輪郭のはっきりしない人物像が浮かび上がってきた。
でも一番ダメなのは、そのはっきりしなさっぷりに胡坐をかいて、ボンヤリ生きてきてしまったことだろう。
別にドラマティックな人生を歩む必要もないけれど、何か一つくらいはちゃんと「自分は生きている間にこれをやり遂げた」と納得出来ることがしたかった…。
そこまで考えたところで、ユメトが庭から「ゴシュジン、外出るしますか?今、だめです!雨降ってきたです!」と声をかけてきた。
見ると慌てた様子で洗濯物を取り込んでいて、思わず微笑んでしまった。乾燥機を使わずに天日で洗濯物を乾かす方が好きなのだそうだ。
だったら天気予報くらいチェックしておけばいいのに。
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