生きてください

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生きてください

 温かいお茶を淹れてもらって、二人でテーブルに着いた。  ユメトは作りかけていた朝食を一旦ストップした。どちらにしろ、この精神状態のまま食事なんて無理だ。 「それで、えーっと…いつ…いや、どうして……うーん」  なんて切り出せば良いのかわからず、そこで口ごもる。 「いつ、どうやって知ったのか、ですか?」 「そ、そう……」  するとまた困ったような顔になって言った。 「僕、ゴシュジンのタマシイの色が見える話、しましたよね?」 「あ、うん」 「ゴシュジンの考えることが、手に取るようにわかるわけじゃないです。でも何となく、感情の流れというか、今ホッとしてるな、とか悲しい気持ちだな、とか、危ない感じだな、とかわかります」 「……危ない感じ」 「ゴシュジン、このところ、危ない色にずっとなってました。前も時々出てた色でしたけど、最近はずっとでした」  そんなに魂の色って出るんだ…。ちょっとどのくらい自分の気持ちがユメトに把握されてるのかわからなくなり、恥ずかしさにいたたまれなくなる。 「ごめんなさい。誰かにタマシイ覗かれるの、いやですよね」 「いや、いや、見えてしまうものは仕方がない」 「はい。それに、ゴシュジンは顔にもよく出ますし」 「えっ!顔にも?」 思わず顔を押さえると、 「ほら、また出てます」 可笑しそうに笑われた。 「僕は、自分が何のためにこの世界に生まれてきたのか、知っています。アンドロイドは皆そうです。自分が作られた目的、忘れないように、メモリの一番上に書かれてます」 「……そう、なんだ」 「ゴシュジンの命が長くないことも」 「うん」 「僕、自分の命が短いことは気にしていません。そのために生まれてきたんですから」 「……うん」 「悲しまないで、ゴシュジン。今、悲しい色が出てます」  そう言ってふふっと笑うと 「でも、だから僕、ゴシュジンが大好きなんですけどね」と言った。  ……大好き。大好きか。こんな僕を、まだ好きだと言ってくれるのか… 「あ、今度は嬉しいが少~し出て来ました!」  ああああ…!こんなに僕の感情は見透かされてたのか!  自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。床を転げ回りたい気分だった。  ユメトは僕が悶絶している間、静かに待っていてくれた。 「あとね、あの山の上のお墓ね、あれで隠してるつもりなんて、僕をバカにしてますか?」 「あう……」 「あんな山、僕ならすぐ登れますよ。あれ見たら、ゴシュジンの危ない色の理由、だいたい想像つきます」 「……はい……」 はあー……もう………顔を上げられない…。この数日の緊張が切れた分、脱力感も半端じゃなかった。 「ねえ、ゴシュジン」 「はい」  はい、なんでしょう、ユメトさん。  もう僕は叱られた子供のようにしおらしくなっていた。 「そんなに落ち込まないで下さい」  そんなこと言ったって…。 「確かに僕は怒っています。でもそれは僕を“眠らせよう”としたからじゃありません」 「………」 「僕には僕が生まれた理由があります。生まれた目的があります。ゴシュジンが決めた目的です」 「…………」 「それを全うさせて下さい」 「うん」 「ゴシュジンはどうして僕を先に眠らせようとしたんですか?最初の目的通り、僕がゴシュジンを看取って、あそこで一緒に眠るんじゃ、どうしてダメなんですか?」  それは……… 「その、自惚れじゃなければ、君は、……その………」 つい声が小さくなる。 「君は、僕が好きでしょう?」 「大好きです!」 即答。 「だから、その、僕が先に死んだら……君が泣くと思って。きっと沢山泣くと思って、そう考えたらすごく辛くて。あと、普通に僕が死んだら、アンドロイド処理班が君を処分してしまうと思って、それがいやで、絶対にいやで。出来れば君を白雪姫みたいに、ここの自然の中で眠らせてあげたくて、それを自分の眼でちゃんと確認したくて……」 「それで、僕を先に眠らせようとしたんですか」 「はい……」  長い沈黙があった。そして、長いため息を吐くとユメトは言った。 「僕が泣くのがいやって話ですけど」 「…え?」 「もうとっくに、たくさんたくさん泣きましたよ。ゴシュジン、遅いです。僕はもう、とっくにいっぱい泣いてます」 「え、いつ?」 「いつもです。一人で畑仕事をしてる時とか、農場に行く時とか帰り道とか。庭で洗濯物干してる時とか、とにかくいっぱいです」 「………知らなかった」 「ゴシュジンの具合が悪くなると、不安でいっぱいになります。ゴシュジンがいなくなる日のことを考えると、悲しくて悲しくて仕方がないです」 「………」 「でも、僕はゴシュジンが生きるのをお世話するために生まれてきたんですから、最後の瞬間までお世話させて下さい。僕の使命を全うさせて下さい」 「……………うん」 「……お茶、冷めちゃいましたね」  ユメトは温かいのを淹れ直します、と言って席を立った。もう一度ヤカンを火にかける。  しばらくして、温かいミルクティーのカップを二つ持ってきた。 「砂糖も入れておきました。甘いです」 「有難う」  二人で静かにお茶をすする。  熱いお茶が空っぽの胃に入るのを感じて、今朝はまだご飯を食べていなかったことを思い出した。  そこに気付ける分だけ気持ちが落ち着いてきたんだな、とぼんやり思った。 「僕、とっても悲しかったけど、同じくらい怒ってました」 「僕のこと?」 コクリと(うなず)く。 「どうして最後まで生きてくれないんですか?どうして自分から死のうとするんですか?」 僕はもっともっとゴシュジンと一緒にいたいのに、と小さく(つぶや)く。 「ユメト…」 「でも、一緒にいたいからゴシュジンに生きて欲しいのは、僕のわがままですね」 「違うよ、わがままなんかじゃない」  君は、僕が頑張ってご飯を食べたり、早起きしたり、体を動かして元気になった時、すごく喜んでくれたね。  そういう時、僕も嬉しかった。  君に幸せな時間を沢山もらった。  それをわがままなんて、誰にも言わせない。  君自身にだって。 「本当に本当のことを言うとね、僕だってもっと生きたいんだよ。こんなに若くして死ぬのも仕方がないなんて、自分では諦めてたけど、諦めたふりをしてきたけど」 「そうなんですか?」 「あーあ、悔しいよ。折角ユメトと出会ってやっと人生楽しくなってきたのに、もう死ぬなんてやだよ!」 立ち上がって窓を開ける。外に向かって叫んだ。 「死にたくなーーーい!まだ生きていたーーーい!」  『たーーーい たーーい たーい……』  山の木々の緑が、僕の精一杯の怒鳴り声を一旦吸い込んだ後、何度もこちらに返してくる。  それを聞きながら、改めて自分の本当の気持ちを受け止めた。  もっと、生きたい。  もっと、生きたい!  ユメトが一緒になって窓から顔を出して叫ぶ。 「ゴシュジン死んじゃやだーーー!」 「僕だって死にたくないよーーー!」 「じゃあずっと一緒にいて下さーーーい!」  後はもう、二人して思い付く限り好きなことを叫びまくった。  言ってはいけないと思っていた本音も、隠していた恥ずかしい思いも、色んなことを叫びまくった。  そしてとうとう叫ぶことがなくなると、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。 「あーあ。お腹減ったね」 「ご飯の続き作りますね」 「早くしてー」 「えー?わがままです」  ユメトはくすくす笑いながら、エプロンの紐を結び直す。  僕達はいつもの二人に戻っていた。さっきまでの思い詰めた気持ちは、すっかりなくなっていた。 「なんだか、毒気が抜けちゃったなあ」 「毒?毒はだめです!全部抜いて下さい!」 「ユメトがさっき抜いてくれたよ」 「なら良かったですー」  ()み合っているのかいないのか、よくわからない会話が今は愛おしかった。  掛けがえのない大切な時間。ユメトとの時間。 「ユメト、自分から死ぬのはやめたよ」 「それがいいです」 「僕の命を、君に預ける。死んだ後のことも、信じて任せる」 「任せて下さい」  「食事が出来るまで食べててください」と出してくれた、畑からもいできたばかりの新鮮な胡瓜を(かじ)りながら、そんなことを頼んだ。  それから僕は三年生きた。主治医からはあの時点で余命半月と思われていたと後で聞いた。彼は「奇跡だ」と驚いていた。  しかしやはり病気は確実に進行し、徐々に体が衰えていった。  それでもユメトが側に居てくれる日々、心は穏やかに過ごすことが出来た。完全に起き上がれなくなってからも、ユメトと笑顔を交わしあった。  そして庭のバラが満開になった初夏の朝、僕は静かに息をひきとった。
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