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プロローグの三年前
冬の終わりの柔らかな陽射しが降り注ぐガーデンハウスの中、バラの苗を持ったまま何度目になるかわからない独り言が漏れた。
「失敗したなあ…」
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いたはずの声に、少し離れていた場所で作業していた相棒は耳敏く反応した。
「ゴシュジン、何か失敗したですか?何か手伝うしますか?」
ほんの少し首をかたむけながらとことことこちらに向かって歩いてくる彼 ーユメトー は、僕の相棒にして僕が作ったアンドロイドだ。
ハイスクール時代の憧れのクラスメイトをモデルにしたユメトは、完璧な容姿を持っている。その整った顔を近付け、真っ直ぐに僕の目を覗き込んできた。
「ああ…えーと大したことじゃないよ。バラを植える位置を間違えたかなー?って思っただけ。すぐ直せるよ」
「本当ですか?僕あっちの作業に戻るいいですか?」
「そうしてくれ」
とことこと元いた場所に戻るユメトの後ろ姿を見ながら
(やっぱり失敗した…)
と心の中で呟いた。
- - - - - - - - - - - - -
いつの時代でも、この23世紀になっても人類は常に新しい病気との戦いを繰り返している。大昔は死病とされた天然痘や結核、そして長く人類を悩ませていたガンもすっかり治療法が確立され、脅威ではなくなった。
しかし一つ病気を克服すると、それを嘲笑うかのように新しい病気が出てくるものだ。
三十歳を少し過ぎた年で僕が罹ってしまった病気も、そんな新しい種類のものだ。
幸い他人に移してしまうような感染症の類ではなかったものの、およそ普通の人が耳にするような大きな病気は予防法や治療法が確立され、事故か自殺以外は殆どの人の死因が老衰になっているこの時代、病気によって命を落とすのは治療を受けられない貧民層がほとんどを占め、僕のように新しい病気に掛かって死ぬケースもあるにはあるがとても少ない。
その為、家族の中から病気による死者を出すことはどこか不名誉なことであるという空気が世の中にあった。
そんな中でよりによって致死率の高い新しい病気に罹ってしまった僕は、不運としか言いようがない。
実家は故郷ボストンの中でも名家とされる家系でそこそこ財産もあったが、一族の中でも今一つ冴えない存在だった僕は残り短い人生をさほど惜しまれもせず「そこで好きなように生きなさい」と、隣国カナダに所有する山の中の、小さな家に隔離された。
わかりやすく言うなら「そこで好きなように死になさい」という意味だ。
それから僕はその小さな、天然木材や漆喰で作られた20世紀スタイルのログハウスに住むようになった。
祖父がキャンプ用に作ったものの飽きてしまい、それから誰も寝泊まりしていなかった、謂わば棄てられた家だ。
そこを掃除し、最低限の家財や家電類が運ばれて、僕にあてがわれた。
人目につかないようひっそりと人生を終えさせる為、メイドを雇うことは許されなかったので、身の回りの世話をしてくれるアンドロイドを自作することにした。
技術者として細々と収入を得ていた僕にとって、アンドロイドの製造作業自体はさほど大変なことではない。
そして終の棲家で短い生涯を終えようとしている時くらい、好ましい顔のアンドロイドに世話をやかれてみたいという、ちょっとした欲望が出てきてしまったことは許されてもいいと思う。
だがそのささやかな欲望が、後々何度も後悔のため息をつかせる原因になろうとは、その時は知る由もなかった。
さて、そんな考えを思いついてはみたものの、何もないところから好みの顔を作り出せるほど想像力があるわけでもない。では誰かをモデルに作ろうか?
真っ先に思い浮かんだのは、ハイスクールのクラスメイトにして学校で一番の美人だったユメノだ。ちょっとエキゾチックな響きの名前は日系人だからだ。サラサラの黒い髪、切れ長の黒い瞳。すらりと伸びた長い手足。明るくて頭も良く、皆の人気者だった。
自分のようなオタクには声をかけるどころか、見つめることさえ勇気が要った。気取ったところのない彼女は、僕と目が合った時でさえニコッと微笑んでくれたり、時には手を振ってくれたりした。
でもその度に皆の視線がこちらに集まり、いたたまれない気分になるのだ。「なにあいつ、ユメノに気があるの?身の程知らず」と笑われている妄想にとらわれて、一日中顔を上げることが出来なくなってしまったものだ。
命尽きる時に、青春時代のほのかな憧れの人 ー例え偽物でもー に看取ってもらいたい……
(こんなささやかな願いくらい抱いても、罰は当たらない、はず…多分…きっと…)
馬鹿げた言い訳を繰り返しながらユメノにそっくりなアンドロイドを設計し、作り始めたものの、だんだん途中で高校時代にクラスメイトから見られた時のような、どうにもいたたまれない気分になってきた僕は、更に馬鹿げた考えを思いついた。
(本物のユメノにあまりに似ているからこんなに後ろめたい気分になるんじゃないか?ユメノに似ていても、全然違う存在にしたら……そうだ男にしてしまえ!)
その考えの愚かさに気づかないままユメノのルックスをもった男性型アンドロイドを完成させた僕は、名前をユメノならぬユメトに決定した後になってやっと自分のしでかした過ちに気が付いた。
最初の電源を入れ、ゆっくりと瞼を開けたユメトが「ゴシュジンサマ」と僕に微笑みかけたその時、盛大な後悔に襲われたのだ。「なんか…男にしてしまったことで、イケナイ感が増してない…?」
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