プロローグの三年前

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 それ以来、ふとした瞬間に「失敗した」と独りごちるのが癖になっていた。  そもそもなんでユメノをモデルにしようなどと考えてしまったのか。  どうせなら学生時代にはまっていた昔のアニメのキャラクターかなんかで良かったのではないか?  畑仕事に戻ったユメトを(なが)めながら、そっとため息をついた。ユメトはせっせと野菜の苗を植えている。  ネットライブラリーか何かで色々な知識を得ているようで、「ゴシュジンには栄養が足りない。野菜食べるいい。新鮮な方がいい」と言い出してトマトだ茄子だ玉ねぎだと、食べきれないほどの野菜を植え、育て、収穫し、調理して食卓に出してくれる。  ブランドもののスーツが似合いそうなルックスなのに、泥で汚れたTシャツとオーバーオールに身を包み「トマト、つやつや。今日はこれサラダがいい」とご満悦(まんえつ)だ。  一方の僕はと言えば、これまたせっせと庭に赤いバラの花を植えている。ガーデニングとかそんなことではなく、暇つぶしがてら自分の葬式に飾る花を育てているだけだ。  ユメトは生きるための仕事をし、僕は死んだ後のための作業をする。  僕のためだけの葬式ならば赤いバラなんて派手な花は用意しない。もっと地味なもので良いので、その時期に咲いている花を適当に飾ってもらえれば(おん)の字だ。  でも、僕の葬式の日は、同時にユメトの葬式の日にもなる。  僕の残り少ない日々の生活を助けるためだけに作られたアンドロイド。僕が死ねばお役御免(やくごめん)だ。またチクチクと後悔が胸を襲った。  なんでアンドロイドにしたんだろう。  家事をこなす機能がついたロボットでも良かったはずなのに。  アンドロイドを自作するには居住する自治体の管理局への許可申請が必要になる。  いかにも“機械”といったロボットと違い、見た目があまりに人間そっくりなので、生きた人間と管理区別するために自治体に登録しなければいけないのだ。人口細胞を培養(ばいよう)して作るアンドロイドの体は体温があり、なんなら皮膚(ひふ)の下には人工血液も流れている。  普通は個人がアンドロイドを作成、所有するための許可が下りるまでには時間がかかる。経歴やひととなりなどを時間をかけて審査するためだが、僕に許可が下りたのは申請してからほんの1か月ほどだった。  元々地味に生きてきた僕に問題のある行動経歴はなかったし、何といってもアンドロイドの稼働期限が決まっていたからだ。  僕が死んだら、アンドロイドも破棄される。  その約束があったからこそ、作成許可が出たのだ。  あらかじめ失われる約束で生まれたユメト。もう何度目かわからないくらい繰り返した言葉が浮かんだ。 「ごめんね、ユメト」  ユメトは聞こえているのかどうなのか、ほのかに鼻歌を歌いながら収穫した野菜をかごに詰めて「僕、夕ご飯作りに戻るです。風が冷たくならないうちに、ゴシュジンも戻るがいいですよ」と笑いかけてきた。
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