小さな疑惑

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小さな疑惑

 僕は計画に必要なもの、計画実行のための順序、備考などを書き出し、まとめあげた。  《準備するもの》 (1)人間が入れる大きさの強化アクリルケース 2台 (2) 尊厳死用薬剤 1人分 《計画内容:時系列》 (1) すぐに始めること  ・・・遺言の精査、作成 (2) 決行日3か月~1か月前  ・・・アンドロイド処理方法の提出 (3) 決行日2か月前  ・・・発作が起きた時に合わせ、症状が苦しくつらいと訴える(発作の度に何度も) (4) 決行日1か月~半月前  ・・・医師に尊厳死用の薬を要求 (5) 決行日1週間前までに  ・・・庭にアクリルケースを設置 《心がけること》 (1) なるべく心穏やかに過ごし、ユメトに計画を気取られないようにする (2) ユメトの作った野菜や料理を食べ、健康維持に留意する  ここまで書いて思わず笑ってしまった。死ぬための計画なのに「健康維持」もないものだ。  でもこの計画は僕が途中で死んでしまったりしたら、全てが失敗に終わってしまう。決行日までは、ある程度の元気をなんとしても残しておかなければならない。 「ゴシュジン、なんだか楽しそう」 夕食の時、ユメトに言われて思わず顔に手をやった。 「楽しそう、だった?」 「うん!楽しそう。…僕も、楽しい」 サラダを取り分けながら、ふふっと小さく笑った。 「それに、今日はごはんいっぱい食べるだし」 「せっかくユメトが作ってくれるからね」 「いっぱい食べて、元気になる、いいです」  ユメトの笑顔は小さい針のように胸を突いてチクリと痛んだ。  僕が元気になることは、もう、ないんだよ。  僕の健康のために、せっかくユメトが野菜や食事を作ってくれてるのにね。 「キャベツがいっぱい出来て多いすぎるんで、売りにいったです。卵とベーコンと取替えっこしたです」 「あの農場のベーコンは好きだよ。明日の朝食はベーコンエッグだね」 「はい!えへへ」  ユメトは少し前から収穫量が多すぎて困っていた野菜を、ちょっと離れた場所にある農場に売りに行ったりするようになっている。  たった二人、それもうち一人は病気で食が細くなってきている僕なので、せっかく収穫してもどうしても余りがちだ。  それを「もったいないから」と言い出して、余っているものの中から、農場では作っていなさそうな種類のものや、季節の違う野菜(うちはガーデンハウスに畑を作っているので、冬でも夏野菜が採れるのだ)をかごに入れて背中にしょって持っていき、直接交渉して、日持ちのする加工品やうちでは手に入らない卵、野菜作りの為の肥料などを物々交換で手に入れてくる。  昔から他人とのコミュニケーションに苦手意識がある僕は、その度胸や交渉術に感心するばかりだ。  顔なじみになっている今はともかく、最初はどうやって物々交換にもちこんだんだろう…  そこまで考えて、ふと今まで気にしていなかったことが急に引っかかった。  今の時代の農業は機械化が極限まで進み、殆どの農家はほぼ一家族単位で大規模な農場を経営している。  月や火星への移住で半分に人口が減った地球での農業は、地平線近くまで広がる畑の中に、ポツンと一つの家族や親族が住む家がある、という環境も珍しくはない。  彼らがちょっとした買い物をする場合は、自分で飛行車を操縦して、遠方まで出かけるという話を聞いたことさえある。  当然、普通に生活している分には知らない人間と顔を合わせることがほぼない。  そのため農業従事者は知らない人に対して警戒心が強くなる傾向があるといわれている。  農場経営者、と言えば「他人に対して警戒感が強く頭の固い頑固者」という意味の隠語に使われるほどだ。  そんな人達に、あの妙な話し方のユメトが交渉に行って、よく不審がられなかったものだ。  今でこそアンドロイドは珍しい存在ではないが、それは都市部での話だ。  あの話し方を聞き咎められ、自分がアンドロイドであると明かしたりしたら、この辺りではめったに見ることのないに、ますます警戒感を強められることも容易に想像できる……… 「ゴシュジン?お腹いっぱいなったですか?」  ユメトに話しかけられ、自分が考え事に没頭していたことに気づいた。 「そうだね、今日はがんばって沢山食べたから、お腹がいっぱいになっちゃったよ」 「じゃあ、スープはとっといて、朝また食べるです。あと、明日はベーコンエッグも焼くです」 「ああ、楽しみだな」 するとユメトはふわっと嬉しそうに笑い、その笑顔に少しの間見とれてしまった。  夕食の後はいつもならネットをうだうだと見て夜更かしすることが多いのだが、その日はすぐ自室に戻った。  ユメトには「少し疲れたから」と説明し、 「早寝早起きだよ。早く起きれば早く朝食が食べられるしね」と言うと、ユメトも 「規則正しい生活は健康です。朝食早く作るです」と答えた。  ユメトを(だま)しているような気分になり、そそくさと部屋に入る。  罪悪感は一旦よそに置いて、計画の見直しだ。  まず計画内容の(1)『遺言の精査、作成』はどうにかなるだろう。  遺言の一番の肝は、この土地を半永久的にこのままの形で維持出来るよう、法的に契約を結ぶことだ。  元々僕が"安らかに"死を迎えられるようにとあてがわれたような場所だ。  自然は豊かだが、特に観光地になるような風光明媚な地域でもなければ、何かの地下資源が眠っていそうな気配もない。  要は開発の可能性が限りなく低い土地ということだ。  その上ラッキーなことに、希少とされる絶滅危惧種の植物の群生地が、所有する土地の端に少し掛かっているとかで、それを理由にナショナルトラストに寄付すれば自然な流れでこの地を守ることが出来る。  問題になりそうなのは(2)の『アンドロイド処理方法』と(4)の『尊厳死用の薬』だろう。  僕自身に関する遺言ならば僕の意思が一番尊重されるだろうが、アンドロイドの処理はそれだけでは済まされない。  最初に提出した案がそのまま受理される可能性はほぼないだろう。  何度もやり直しをさせられることが予想されるが、ここが僕にとって一番肝心なところなので、彼らを納得させられるまで粘り強く交渉するつもりだ。  計画でも2、3か月ほど幅をもたせたが、万一を考えて(1)の遺言が認められたら前倒しで始めよう。  そして(4)。これは主治医の性格というか、医者としてのポリシーに関わってくるので、果たしてすんなり薬をくれるかゴネられるかは、要求してみないとわからない。  そのためには(3)の『症状が苦しくつらいと訴える』でいかに発作が苦しいか訴えて、薬を処方するしかないと思ってくれるように仕向ける、僕の演技力が必要だ。  これも僕にとってはなかなかハードルが高いが、頑張るしかない。  ユメトを葬った後、僕は自分一人では一日だって生きられないだろう。  物理的にも、精神的な意味でも。  だから彼を棺に納めた後、自分も隣の棺に入り薬を飲み安楽死するつもりなのだ。  薬がないままうっかり死にきれなかったりしたら、相当辛いことになりそうだ。  他にすぐ検討しなければいけないことと言えば、アクリルケースをどこに発注するかだ。  僕の遺体はともかく、ユメトをいつまでも誰からも守ってくれる、丈夫で高品質の棺にしなければ。  それに少し細工をしなければいけないので、やはり早めに用意しておいた方が無難だろう。  のんびりしてはいられない。今日は取り合えず睡眠をとって、明日から本格的に始動しなければ。
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