魂の色

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 それ以来、ユメトに僕が子供の頃から読んだ本や好きだった物語などの話をよくするようになった。  ギリシャ神話やローマ神話、北欧神話、インド、中国、日本などのアジア諸国や北中南米の神話や伝説、ハムレット以外のシェイクスピア作品、グリムやペロー、アンデルセンの童話など、色々な物語のあらすじを話すと、特に興味をひいたものは後で自分で原本をネットから探しだして読んでいるようで、感想を言ってくる。  元々僕が記録していた読書歴のものはユメトも探して読んでいたらしいのだが、子供の頃に読んだものなどは特に記録に残していなかったため、今回初めて接する物語が多かったせいか興味津々だ。  そしてとても素直で新鮮な感想を言ってくるので、それを聞くのが毎日の楽しみになった。 「人魚姫、可哀想です~(大泣)」→慰めるはめに。 「ロミオとジュリエット、可哀想です~(大泣)」→慰めるはめに。 「かぐや姫のお家、月基地ですか?月からの移民ですたか?」→かぐや姫の話を元に、そういう設定のSFものも沢山作られたよ。 「どうして牽牛と織女、天の川に橋をかけるないですか?毎日会いたいないですか?」→「天の川の大きさ知ってる?」「知らない」「じゃあ見て見ようか」  夜になってからユメトを連れて庭に出て、空を見上げる。  この辺りは民家と言えるものがほとんどなく、夜は暗くて星がプラネタリウムのように美しく見えた。 「あれが天の川だよ」 「銀河系です」 「昔の東洋の人はあれを天にある“川”に見立てたんだよ」 「星が川?川?水が流れるないですよ?川???」 「西洋ではミルキーウェイ、ミルクが流れていると考えられていた」 「銀河系がミルク!…牛さん、大変です!」  ここでついに吹き出してしまい、ユメトを怒らせた。 「おかしいないですよ?(ぷんぷん)それと、牽牛と織女が橋かけるのあきらめた、わかるました。銀河の厚さ1000光年あるです。橋かける難しいです」 「そうでしょ?理解した?」 「したです」 「1000光年の川かあ。さぞ牽牛達は絶望しただろうな」 「…そうです?」 「だって橋を架けられないんだよ?」  ユメトは夜空を見上げ、うっとりと眼を細めながらつぶやくように言った。 「真っ暗な宇宙に、沢山の星キラキラです。絶望じゃなくて、希望の光に見えるです。HOPEです」  そうか。周りが真っ暗だから、その中に見える光は希望に見えるのか。  明るい昼間は星が見えないけれど、夜には宇宙にこんなにも沢山の星が輝いているのがわかる。  絶望の中でしか見えない希望。そういうこともあるのかな。  僕の命が短いと知ってから、ユメトという光に出会えたように。 「希望と言えば、こんな話もあるよ」  夕食の後二人でのんびりしている時、ふと思い出したことを言葉にしてしまってから、唐突だったと思い直した。  この間一緒に夜空を見上げてから数日が経っている。でもユメトはすぐに何の話の続きかわかってくれた。 「夜空の話ですか?」 「夜空というか希望の話。ギリシャ神話だよ。昔パンドラという女の人が『開けてはいけない』と言われていた箱をつい開けてしまってね」 「何か出たですか?」 「箱の中からありとあらゆる災厄が出てきてしまったんだよ。争いや嘘、妬み、憎しみ、戦争、疫病といったあらゆる悪いものがね」 「うわあ、大変です!」 「パンドラは慌てて箱を閉めたんだけど、時すでに遅し。平和だった世界は悪いものがいっぱいの世界になってしまったんだ。パンドラが後悔していると、箱の中から『私を出して下さい』という声が聞こえてきてね、でも先に開けた時に悪いものが沢山出たから、もう一度開くのをためらったんだ」 「そうです!開けるダメです!」 「でもその声が何度も何度も開けて欲しいと言うので…」 「開けたですか!」 「そう、そしたら、最後に出てきたその声の主は“希望”だったんだよ」 「開ける良かったです」  ユメトの現金さに笑いをこらえつつ、 「ユメトもさ、このあいだ暗い宇宙だから希望の星が見えるって言ってただろ?この話でも、箱の中から悪いことが出る前は、良いことばかりの世界で希望は必要なかったんだ。悪いことが開け放たれてしまったからこそ、希望が出てきた。悪いことが沢山ある世界だから人は希望が必要で、希望があるから人は生きて…生きて………」 「ゴシュジン?」 「……生きていけるんだと思う」  生きているものにも、そして死にゆくものにも、希望は必要なんだ。その言葉は心の中にしまい込んだ。
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