3人が本棚に入れています
本棚に追加
ちょっと待って、何で起きたら隣に憧れの彼がベッドで寝てるの!?
嘘、嘘、嘘。
わたしはプチパニックになっていた。
わたしは相手を起こさないようにそっと、横でスヤスヤと気持ちよく寝息を立ててる男の顔を確かめた。
うん、間違いない。
高校の時に憧れてたサッカー部のキャプテンの豊くんだ。
これはきっと夢だ。
うん夢に違いない。
べただけど頬をつねってみる。
「いつっ」
痛いけど痛覚を感じる夢かもしれない。
それに頬をつねった痛みって、思ったよりもたいして痛くない。
ちょこっと痛いくらい。
次にわたしは二の腕に手を伸ばすと、再びつねる。
「いっっつつたぁああああああ」
思ったよりも大きな声が出たので慌てて両手で口を塞ぐ。
嘘、二の腕つねるとこんな痛かったけ?
もう一度だけもう一度だけ違う部分で確かめてみよう。
だって痛いけど全然目が覚めないもん。
私はつねる個所を何処にしようか首を動かすと、とんでもないことに気が付いた。
!?
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って。
落ち着けわたし、なんでまっ裸なのよ?
わたしは恥ずかしさのあまり胸を両手で隠した。
そう手ブラだ。
慌てて辺りをキョロキョロと見渡すが、ブラがみつからない。
ベッドのシーツから落ちそうになっているスリップを見つけた。
片ブラの状態でもう片方の手を伸ばして取ろうと試みる。
……届かない。
仕方がないので、布団の隙間から足を出し、親指と人差し指で器用につまむとそのまま中へと引き込んだ。
足の指で掴んだスリップを手に取ると、急いで何事もなかったように身に付けた。
じわじわと恥ずかしさが込み上げる。
「裸ってことはやっぱり……この人と夜アレしたんだよね」
幾分か動悸が激しくなる。
何をわたしは想像しているのだ……。
落ち着け落ち着け、まずわたしが彼とこういうシチュになること自体あり得ないから。そう、あり得ない絶対にあり得ない。
言ってる自分が虚しくなってくる(泣)
でも……あんなにも痛かったし、額や胸のあたりも汗ばんでるし、てことはてことよね。
「わたしの気持ちも知らないで隣でスヤスヤと……」
気持ちよさげに寝てる彼を見てたら、なんだかムカムカしてきたので、気付いたら鼻ピンをかましてしまっていた。
やばっ!? やり過ぎたかも。
「う~~ん、はよ」
「おっはよ……ございます」
「ん? なんで敬語? 俺達もう夫婦なのにおかしいだろ、ゆっこ」
ぷぎゃぁああああああああああああああああ
ゆっこ、ゆっこ、ゆっこって言ったよこのしと。
わたしの名前は秋山由紀子。でも彼と夫婦ってことは三谷由紀子になったってことでいいんでしょうか!?
恥ずかしくて彼の顔なんて見ることなどできない。
枕で顔を隠すと、嬉しさのあまりベッドの上でバタバタする。
「おいおいどうしたんだ」
「なっ、なんでもないです」
やばい、耳元に彼の声が……。
イケボの声に更にわたしのドキンちゃんはヒートアップする。
「いったいどうしたんだよ、ゆっこ」
「いや、だってこんなこと……夢みたいで嬉しくって」
やばいやばい、やば~~い。
また彼がゆっこって呼び捨てにした。
「夢なんかじゃないよ、ほら」
わたしは勢いよく彼の胸の中へと飛び込む。
……温かい。
本当に夢みたい。
わたしの夢が叶ったんだ。
わたしって本当に幸せ。
「あっ、そろそろ時間みたいだ」
「時間って?」
あっそうか、此処は新婚旅行で泊まっているホテルか何かなんだ……。
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
うるさいな~~もう。
もう少し二人きりでゆったりさせてくれてもいいじゃ……。
「お客様、お客様。秋山様」
!?
気が付くと私の目の前は真っ暗となっていた。
「お客様、ゴーグル失礼いたしますね」
あっそうか、そう言えばそうだった。すっかり忘れてた。
これは確かに夢なんかじゃない。けど、自分の願望を投影してくれる新しい仮想マシンのサービスをわたしは受けてたんだっけ。
「いかがでしたか、お客様」
「とても凄かったです、なんだか夢が叶ったような気がしました」
「それは何よりで御座います。願望を叶えるのが当社のコンセプトとなります。それに……すいません他のお客様がお越しになりましたので、それではこれで失礼致します」
「あっ、あのぉ……」
「はい、なにか?」
「いや、ゴーグルは?」
「あっ、ゴーグルで御座いましたか。ゴーグルはそこにそのまま置いておいて貰えば結構で御座います。後で他のスタッフが回収致しますので。本日はどうもご利用ありがとうございました」
何か彼が最後に言い掛けたのが気になったが、考えるのを止めにした。
わたしは仮想マシーンの大きなリクライニングチェアでゆっくりと腕を伸ばす。夢から覚めるようにおおきく欠伸をしたあと席をそっと立ち、自動ドアを通って外に出た。
一時間だけ自分の願望を体験することが出来るそんなお店。
でも、現実に戻るともっと空しくなるので、もう二度と此処へは来ないことにしようと誓う。
「さってと、現実のしがないOLに戻りますか」
わたしは右へ曲がると、地下鉄の改札口がある方へと向かう。
「あれっ? 秋山?」
声がする方へ顔を振り返ると、信じられない人が立っていた。
嘘、嘘、嘘、なんで三谷くんが!?
「三谷……くん?」
「うん、そうだよ。お久しぶり。卒業式以来か、覚えててくれたんだ」
「う……ん。まあね」
「よかったらさ、これから少し話せないかな」
「えっ!?」
◇
その後二年の交際を経て、私達は結婚したのだが……。
ここって、あの時仮想マシーンで見た部屋と全く同じだんだけど(汗)
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
スヤスヤと心地よく寝てる旦那の横で、わたしは一人パニックになっていた。
━━終わり━━
最初のコメントを投稿しよう!