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ゴム
「おはよう」
気まずい空気が流れる。
彼女は一度も喋ることなく家に僕を招き入れた。
どこかおびえているような彼女はようやく口を開いた。
「返事を聞かせて。なんだとしても受け入れる覚悟はできてる。碧を困らせたくはない」
その言葉を聞いた瞬間僕の中で詰まっていたものがすべてなくなった気がした。
先週の彼女にはなかったもの、見つけられなかったものが見つかった。
彼女を抱きしめながら、僕は今の思いを口にした。
「八白弥富という人間に出会って僕は変わった。今までなにも一人でできなかった僕は、君に出会えて少しづつ変われた」
腕の中で少し震える彼女をさらに強く抱きしめ、続ける。
「これまでの僕は、言うなれば水だ。多くの人が行き来する社会で、息をひそめて生きてきた。求められるように形を変え、時には蒸発までした。そんな僕が初めて自分の意思で尽くしたいと思ったのが君なんだ」
「他人との距離を必ず一定以上はとるようにしてたんだ。僕には弥富がゴムのように見える。自分のできる限り最大限伸び、縮み、日々を精一杯生きている。横やりには屈せず、僕のために限界をこえてまで伸びてくれた。結果的に切れてしまったけれど。それでもまだ弥富は伸びる意思を持っている。」
一度震えが収まった彼女はまた小刻みに震えている。僕はようやく彼女と顔を合わせた。
「僕は君が、八白弥富が好きだ。僕と付き合ってください」
彼女は泣きながら今にも消えそうなほど細い声でこう答えた。
「はい。よろしくお願いします」
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