悪霊相談所へようこそ

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悪霊相談所へようこそ

 ここは無限に広がる漆黒の闇の中である。いや、闇そのものといっていいだろう。  気がつけば女性はその中に立ちすくんでいた。  温かい光も、肌を刺すような寒さも、心地よい音もない。 「ここは……?」  女性はそう呟きながら、周囲を見回すが、視界に入ってくるのは漆黒の闇だけだった。 「まさか……?」  何も見えない事から、女性は失明してしまったのかという不安に襲われる。 「何なの? これ……一体、どういう状況なの?」  記憶は霧の中にぼんやりと浮かんでいるようで、自分が本当に存在しているのかさえ疑わしく思えた。  黄金色に輝く豆粒のような物体が目に留まった。彼女はその物体に導かれるように一歩を踏み出した。  不安定ながらも、確かな歩みを進めるうちに視界が徐々に開けてきた。  そこには倒壊寸前の古びた小屋が建っている。 「あの小屋は何? なんだか気持ち悪い……」  彼女は小屋に嫌悪感を覚えた。他にまともな場所がないかと、周囲を見渡したが、何もなかった。 「心底イヤだけど……あの家に入るのが良さそう……よね……」  彼女はしばらくその場に立ち尽くし、小屋全体を観察した。入口は引き戸だった。彼女は震える手で引手に触れ、それを引く。  「ギギ、ミチ、ミチ」と建付けの悪い音が、彼女に不快感を与えた。  戸を開けると、目の前には寂しい光景が広がる。  何もないその部屋には、ろうそくが載った薄汚れた机と、そこに座る知的な紳士がいた。ろうそくの揺らがない光が、紳士の青白い肌を照らしている。 「初めまして。星野アカリさんですか?」  紳士は机の上で両手を組み、切れ長の目を鋭く光らせた。真っ黒なスーツを身にまとい、短く刈り込まれた黒髪は整髪剤で湿っているかのように艶やかに整えられていた。年齢は30代前半に見えた。  そんな彼の第一印象はまさしく紳士である。 「アカリ……? そうだ。私は星野アカリ」  紳士に名前を呼ばれた女性――星野アカリは少しずつ自分自身を思い出していった。 「アカリさん。どうぞ、そこに座ってください」  紳士の誘導に従い、アカリは彼の向かいに座った。 「アカリさんの年齢は?」 「28歳、です」  紳士は質問を重ね、アカリは記憶を辿りながら一つ一つ答えていく。 「うんうん、記憶が順調に戻っているようですね」  紳士は優しい微笑みを浮かべた。その一瞬で、部屋の緊張が和らいだように感じられた。  しかし、その和らぎはほんの一瞬に過ぎなかった。 「では本題に入ります。アカリさん、貴女は先ほど亡くなりました」  紳士はアカリの死を本人に告げた。
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