悪霊相談所

悪霊相談所へようこそ

「し、死んだ？　私が？」

　アカリの声は震えていた。それは突然の事実に直面した衝撃から来るものだった。

「はい、そうです。どうやって亡くなったか覚えていますか？」

　彼女の反応とは対照的に、紳士は落ち着いた低い声でそう言った。

「そんなの知らないわよっ！　私が死んだってどういうことなの！？」

　冷静さを欠いた彼女は、自分がどのようにして死んだのかを思い出せなかった。
　彼女の心情を察したかのように、紳士は両目を閉じてため息をつく。

「うーん、死の宣告は早すぎたかもしれませんね」

　紳士はそう言いながら首にかけていた満月のペンダントを外し、アカリの前に垂らした。

「アカリさん、これを見てください。『闇』は不安と恐怖の象徴。ですが、その中で輝く満月は落ち着きを与えるものです」

　真っ直ぐに燃えるろうそくの灯を浴び、丸い月は妖しく煌めいていた。
　それを眺めていくうちに、彼女の心と記憶を覆っていた霧が晴れていく。
　同時に死の記憶が垣間見えた。

　アカリは大学卒業後、都内のアパレル企業の企画部に就職。3日間洗濯をしなくても汗臭くならないシャツを考案し、世代性別問わず大ヒット。さらに大学時代から付き合っていた彼氏との結婚が決まった。
　順風満帆な人生を送ってきたアカリ。

　しかし。

「そうだ、私は車に轢かれて死んだ。それから気が付いた時には既に闇の中にいた……」

　 寒さや匂いを感じなかったのも、暗い中を一人ぼっちで歩いていて恐怖を感じなかったのも……それは全て、アカリが死んでしまったから。

　現在、アカリは死後の世界にいる。

　アカリは自分の死を少しずつ受け入れ始めた。そして、唇を強く噛みしめた。それは自分が死んでしまった事実に対する悔しさからくるものだった。

　紳士はそんな彼女の様子を見守った後、ペンダントを机に置いた。

「どうやら思い出したようですね」

　紳士は軽くうなずきながら、机の上で両手を組んだ。

「アカリさん、『悪霊相談所』へようこそ。ここは転生できない魂が辿り着く神聖な場所です」

　幽霊が出そうな雰囲気が漂う家の正体――それは、転生できない死者の魂が集う「悪霊相談所」であった。