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「ねえ、ツクヨミ」
「神である僕を呼び捨てですか……これだから最近の人間はーー」
「そんな細かい事はどうでもいいじゃない。そんな事より、どうして私の名前を知っていたの? たくさんいる人間の中から、私の名前を知っていたのはどうしてなの?」
アカリの質問に、ツクヨミは肩をピクリと動かした。
「ふむ、少々お待ちを」
ツクヨミはそう言うと、ろうそくを机の端に寄せた。そして不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっふ。これを見れば、僕を神と信じ、恐れ慄くでしょう」
ツクヨミは口を大きく開けると、自分の右手を突っ込んだ。その手は何かを探るように、ツクヨミの体内を駆け巡る。彼の凛とした表情が、この行為の慣れを感じさせた。
そんな彼の姿を見て、アカリは顔をしかめた。それはまるで汚い物を見るかのようだった。
「あぁ、あっひゃあっひゃ。これひゃ」
何かを見つけたかのような様子のツクヨミは、ゆっくりと手を引いた。その手には短い棒のようなものを握っていた。
それは一本の巻物だった。ツクヨミはその巻物を広げ、机の中央に置く。
「な、何よ? これ?」
不思議な巻物の登場に、アカリは目を見張った。
「これは『現世の巻』。国産みの神『イザナギ』様が残した神器です」
ツクヨミは巻物の文字をなぞるように、視線を動かした。
「イザナギなら知ってるわ。確か国を造った神様として有名よね」
「そうですね。イザナギ様はこの巻物の力で現世をつくり、さらに文字を書くことで国を作ったのです」
アカリは「そうなんだ」と呟いた。
「この巻物は現世の動きに応じて内容が自然に変化します。僕はこれを体内に取り込み、現世を観察しています」
「体内に? それはどうして?」
「体内に入れると、どんな場所でも、いつでもどんな状況でも、常に現世を観察できるようになります。しかし、巻物を外に出すと、文字を追わない限り何も見えません」
アカリは恐る恐る視線を落とした。
巻物には見た事のない文字が唸るように動いている。まるで無数の細長い虫が小刻みに動いているように見え、アカリは寒気に襲われた。
「これにはアカリさんの記録も記されていました。今はもうありませんけどね」
「私の名前を知っていたのは、この巻物の力によるものだったのね」
「はい、そうです」
アカリはツクヨミの話を聞き、確信した。やはり彼は人間を超えた存在である事を。
「さあ、アカリさん」
ツクヨミは両腕を机に乗せ、手を組んだ。
「これで僕を神と信じてくれますか?」
ツクヨミの爽やかな笑顔を見て、アカリはふぅっと息をついた。
彼が見せた超常現象には確かに驚いた。しかし有難いと言うよりも、不快感の方が強かった。
「わかった。とりあえず信じるわ」
アカリはお疲れオーラを放ちながら、適当に返事をした。
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