未練

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未練

「さて、自己紹介はここまでにして……」  ツクヨミはそう言いながら、机の巻物に視線を落とした。 「次は転生についてお話しましょう」  ツクヨミは巻物から視線を逸らすことなく、口を動かし続けている。そんな彼の姿を見て、アカリは「器用だ」と感心した。 「まず人間の魂は『黄泉の国』へ送られ、死の女神『イザナミ』様の御力によって転生が行われます」  アカリは生唾を飲み込んだ。輪廻転生は生前に何度か耳にしたことがあったが、非現実的な話だったため、信じてはいなかった。しかし、転生が実在すると知り、彼女の心には希望の光が差し込んだ。 「ただし、未練が強すぎる魂は転生できません。なので未練を断ち切る必要があります」  アカリは表情を曇らせ、口を開く。 「もしかして、私は未練が強いの?」  ツクヨミはアカリの問いに答える代わりに、白銀色に輝く満月のペンダントを取った。そして、アカリに手を差し出すよう促す。  ジャラリ。  ペンダントはアカリの手に置かれた。 「あ、光が……」  アカリの手の中で、月は徐々に光を失い、漆黒の闇に染まった。まるで満月から新月へ移り変わっていくようで、アカリは目を奪われた。 「そのペンダントの月は僕が大昔に作ったもので、魂の輝きを月の満ち欠けのように教えてくれる神器『月の石』です」  アカリはツクヨミの方を見た。 「今の月の状態は『新月』。貴女の未練が強いことを示しています」  アカリはペンダントを机に置いた。月の石は輝きを失ったままである。  ツクヨミは視線を巻物の文字を追いながら続ける。 「現世への未練は魂の輝きを奪います。今のアカリさんの魂から光が感じられません」  魂の輝きという言葉に反応し、アカリは自分の手を見つめる。ろうそくの光を受けたその手は、青白く発色しているだけだった。  自分に未練があることはなんとなく感じていた。しかし、それが転生できないほどに強いものだとは思いもしなかった。
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