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「あの、私が未練を断ち切れないと、どうなるの?」
「ここに閉じ込められるか、『悪霊』になって現世に閉じ込められるかのどちらかですね」
「……悪霊?」
「悪霊」という言葉に反応するかのように、アカリは口元に手を当てた。一方でツクヨミは深呼吸を一つしてから、話を続ける。
「未練の強い魂は現世への思いが強すぎるので、現世に干渉しようとします。それが悪霊化です」
「干渉って、例えば人間に取り憑くとか、夢枕に立つとか……そういう事?」
「そうです。悪霊は干渉した場所に縛られ、現世に永遠に閉じ込められるのです」
「そんな……」
どうしてここが「悪霊相談所」であるのか、アカリは理解した。強い未練を持つ彼女は、現世に干渉する可能性が高い、悪霊予備軍である。
しかし、普通の人間のアカリは永遠に閉じ込められることを望んでいない。
「ずっとこのままは嫌。未練を早く断ち切って新しい人生を送りたいわ」
アカリがそう宣言すると、ツクヨミは口元に微笑みを浮かべる。
「それが良いと思います」
「それで、未練を断ち切るにはどうしたらいいの?」
ツクヨミは月の石のペンダントを指差した。
「まずはそれを身につけてください」
アカリはツクヨミの指示に従い、黒く染まった月の石のペンダントを首にかけた。
「次は現世の巻に触れてください。自分の未練を想像しながら」
ツクヨミはそう言いながら、巻物を指差す。
アカリは「うっ」と小さく呟き、その場で固まった。虫が蠢いているかのように見える大量の文字。それらに触れることへの嫌悪感が、彼女の手を止めた。
「アカリさん。巻物に触れないと、いつまで経っても前に進めませんよ」
ツクヨミはそう言って、アカリに追い打ちをかけた。
「うぅ……わかった、わかったわよ!」
アカリは目をギュッと瞑り、恐る恐る巻物に手を伸ばす。文字が彼女の腕を這い、やがて全身を包み込んでいった。
この時アカリは想像した。
両親の姿を。
結婚間近の恋人の姿を。
それからアカリの意識はぐにゃっと歪んだ。
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