現世 両親

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現世 両親

 …… 「うぅ、あぁぁぁっ!」  アカリは目を閉じたまま、ゆっくりと意識を取り戻した。  アカリの耳に最初に届いたのは、悲しみに暮れる女性の泣き声だった。恐る恐る目を開けると、小さな仏壇の前に正座している両親の背中が見えた。  アカリは実家の和室に立っていた。生前、彼女はいつも畳の香りに癒されていた。しかし、魂となった今、彼女にはもはやその香りを感じることはできない。  仏壇の前に敷かれた白い布団には、静かに横たわる遺体がある。  アカリの両親はその遺体に寄り添っていた。 「アカリぃ! どうして……どうして……」  母はその遺体の名前を呼びながら泣き崩れ、父は母の背中を震える手でさすっている。  両親の痛ましい姿を様子を見て、アカリは心が引き裂かれそうになった。 「お父さん、お母さん。私ならここに――」  アカリは両親に話しかけようとした。 《アカリさん、両親に話しかけてはいけません》  アカリの頭の中に聞き覚えのある声が響いた。 「そ、その声は……ツクヨミ?」  アカリはキョロキョロと周囲を見渡すが、ツクヨミの姿はない。 「ちょっと、どこにいるのよ?」 《僕は相談所にいます。現世の巻に僕の力を注ぎ、アカリさんの魂に話しかけています》 「もう、どうして邪魔したの!? お父さんとお母さんが悲しんでるから、ひとこと『元気を出して』って言いたかったのに……」  ツクヨミは溜息をついた。 《現世の人間に話しかけることは、現世への干渉です》 「あっ!」  自分がやろうとしていた事が現世への干渉だと聞き、アカリは硬直した。  現世へ行く直前、アカリは固く決心していた、はずだった。  どんなことがあっても現世には干渉しない。自らの未練を断ち切り、転生を経て新たな人生を歩むと。  しかし、人間にとって両親の悲しみをただ黙って見守ることは辛いものである。まるで茨に心を締め付けられるような痛みを感じるのだ。  現世への不干渉を貫く事の難しさ思い知り、アカリは月の石をギュッと握りしめた。
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