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「フランカさん、期間限定の恋人になってくださいませんか?」
「……はあ?」
フランカが食堂で食事を摂っているときだった。隣に座ったひとつ上の先輩に、唐突に声をかけられてしまったのだ。
フランカは王都に上都してきたばかりの右も左もわかってない平民だ。地元には魔法学校は存在しておらず、魔法の勉強をするためには王都まで出てこなかったらできなかった。
対して先輩のエルチェは、魔法を使って一代で財を築き上げてしまった富豪の息子であり、ただの成金で終わることなく、努力を惜しまず励んで、学校を卒業した暁には宮廷魔術師に内定が決まっているような人物だった。
田舎者に唐突に声をかけてきた意味がわからず、フランカは食べていたクロケットをフォークから落としてしまった。
「エルチェ先輩でしたら、他にもお相手がいそうですけど」
「いえいえ。期間限定であり、平民となったら相手が限られてきますから」
「はあ……まあ、そうですね?」
魔法学校に入っている人間の半分以上は貴族である。魔力を所持し、魔法が発現するのは血だと言われている。その上宮廷魔術師や民間の錬金術師、医者などは爵位を与えられる者も多く、自然と貴族でなかったら魔法学校に入学しないとまで言われるようになっていた。
富豪の息子であるエルチェや、田舎出身のフランカは別格なのだった。
貴族の女性の場合は、既に婚約者がいるものが多く、期間限定の恋で火傷したくないという気持ちは、フランカにも少なからず理解ができた。
(要は私は体のいい遊び相手なのね……)
そう思いながらフランカはエルチェを見た。
眉目秀麗とは彼のためにあるような言葉であり、スラリとした体躯、学生用ローブを着ていても野暮ったくならない雰囲気、なによりも学生とは思えない独特の色香を持っているのがエルチェだった。
対してフランカは田舎者であり、港町で荒くれ猟師たちを相手に切り盛りしている食堂の娘であり、荒くれ者たちが喧嘩をはじめると、両親に替わって殴りに行くような喧嘩っ早い性分だった。王都のたおやかな娘とは程遠い喧嘩に慣れた筋肉質な体型であり、ローブを纏っていても「戦士が外套付けてるように見える」なんて失礼な揶揄をされるのだ。
だからこそ、いきなり声をかけてきたエルチェの提案が胡散臭く見えていた。
「私、エルチェ先輩に返せるものなんてなにもありませんけど?」
「おやおや? 僕としてみても、いい加減風評被害をなんとかしたいところでして」
「はあ……その風評被害とは?」
「僕、貴族の皆様からよく告白を受けるのですが、大概はこう言われるのです。『二番目でかまわないから付き合って』『遊びでかまわない』『学生時代だけでかまわないから』と」
「……それは、さすがにひどいですね?」
貴族間では、学生時代限定の恋愛は結婚とカウントしないという風潮はよくある。しかし平民からしてみれば「頼むからお前らの価値観に自分たちを巻き込まないでくれ」になる。貴族ではないが富豪のエルチェだって、恨まれないよう丁重に断り続けていただろうが、いい加減鬱陶しくなってきたのだろう。
「ですから、『申し訳ありませんがお付き合いしている方がおります』『平民はそんな相手をつくらない』と言って回れば諦めてくれるんじゃないかと。僕遊んだこともないのに、いったいどういう噂がついて回ってるのかわからないんですよ」
「そうですねえ……」
フランカからしてみれば、この顔のいい先輩は同じ授業を取り、薬草採集や妖精観察などのフィールドワークで一緒になることの多い、そこそこ真面目な生徒の印象である。
顔がよ過ぎるせいか、大富豪の息子のせいか、遊び慣れていると風評被害が付きまとっては、本人だって困るだろう。
「ですけど、私も勉強するために王都まで出てきましたから。あんまり遊ぶことだけはできませんよ。カモフラージュくらいだったら付き合いますが」
「おお……お付き合いしてくださいますか?」
「……あくまで、期間限定ですから」
そう何度も釘を刺した。
こうしてフランカはエルチェとお付き合いをはじめることになったが。
案外エルチェとのお付き合いはいいものだった。なんと言っても年齢がひとつ差があるというのが大きく、テスト勉強の際に、担当先生の癖をよく教えてくれた。
「あの教授、わからない設問には鉱石の特徴を書いていればおまけしてくれますよ。あの教授、石マニアなんですよ」
「石マニア……どうしようもなかったらクリスタルの魔力吸収率とか書いてればいいですかね?」
「はい、充分かと。あとここですけど、引っ掛け問題ですね。朝摘みハーブと夜摘みハーブは魔法の効力が違います」
「ああ、そういえば」
フランカは勉強のためにわざわざ王都まで出てきたのだから、休みの日以外はほぼ図書館にいるのを、エルチェが辛抱強く勉強を見ていたため、勝手に周りから「後輩と付き合い出した」「女を取っ替え引っ替え止めた」と言われるようになった。
魔法学校の恋人たちは、しょっちゅうハーブ園やバラ園のベンチに座って話していたり、王都のカフェで過ごしたりしているらしいが、フランカとエルチェは特にそんなこともなく過ごしていた。
そうこうしている内に、エルチェは宮廷魔術師として学校を離れることが増えていった。本格的に働き出すのは卒業後だが、それまでは研修という形で宮廷魔術師の仕事を覚えていくのだ。
フランカは「こんなものか」と思っていた。
これで自然消滅か。そう思っていたところで、卒業式直前に彼女の勉強している最中、唐突に「フランカさん」と声をかけられた。
ほぼ一年ぶりに見るエルチェからだった。
「プロム、既に誰かに声をかけられていますか?」
「あー……そういえばそんなのもありましたね。エルチェ先輩卒業おめでとうございます……」
「なら、一緒に参加してくださいますか?」
「……はい?」
プロムは卒業式後に開催される舞踏会である。舞踏会なのだから当然ペアで参加が基本であり、ドレスを持っていなかったらいけなかった。
田舎者であり平民のフランカは「ドレスなんか持ってないなあ」と、相手がいない先輩たちから「頼むからペア組んで!」と言われても「ドレスないし踊れません」と一蹴して断り続けていた。そもそも筋肉質なフランカは、ほとんどのドレスを着ることができなかったので、ローブを脱がないといけない格好は嫌だった。
「私……ドレスを着たら笑われますから、着れませんし……参加したくありませんよ」
「僕、これでも目利きできる性分でして。あなたに似合う服を用意できますが、それを気に入ってくださったら参加してくださいますか?」
「ええ……悪いですよ」
「そんなことおっしゃらず。あなたとはずいぶん楽しめましたから。ねっ? あとお金のことは心配なさらず。僕、実家のお金がありますし、これから高給取りになりますから」
それ以上断り続けるのも品がなく、結局は「ドレスが似合うなら」という条件の下、了承することになったが。
贈られてきたドレスを見て、思わずフランカは呆気に取られてしまった。
プリンセスラインのレースの多いドレスであり、ミモザの花で彩られている。
「こんな可愛い服、私が着ても似合わないんじゃ……あれ?」
怖々と袖を通してみて気付いた。
彼女の筋肉質な体型が、ドレスのレースと造花により彼女の体格が見事隠れている。それどころか、彼女の高身長がプラスして華やいだ雰囲気になる。
「エルチェ先輩、私が似合う服見ててくれたんだなあ……」
それに感心しつつ、学生時代の恋の終わりにふさわしいなとしんみりと思った。
プロムへの参加を了承し、当日に合わせてなんとか短い髪にせめてもの抵抗でミモザの髪飾りを付け、プロムの会場へと待つ。
会場では次から次へとペアで参加していく人々が入っていった。ペアの相手が見つからなかった人は、立食コーナーへと吸い込まれていく。
「フランカさん。やっぱり。お似合いです」
「……エルチェ先輩。お似合いです」
彼が着ていたのは、宮廷魔術師の正装であり、騎士団服の上に宮廷魔術師のローブを着る形となっている。見るからに出世街道の様相であり、そのペアを勤めていいのかと怯むフランカの手を、エルチェはいともたやすく取った。
「それじゃあ参りましょうか」
「は、はい……」
「この一年、研修のせいでちっともお話しできませんでしたしね。ようやくひと息付けそうです」
(あれ?)
そこで気付いた。エルチェがちっともフランカと別れる気がないことに。
フランカは踊りながら、エルチェに何度も進路や就職後の住居について尋ねられた。
今は魔法学校の生徒専門のアパートメントに住んでいるが、さすがに卒業後に住んでいるのは具合が悪いから引っ越すこと、魔法図書館の司書になるため勉強していて、来年から研修がはじまること。
それを聞いたエルチェは「なら」とのんびりと言った。
「僕、宮廷魔術師に内定決まった際に借りた家が少々大き過ぎて持て余しているんです。ルームシェアしませんか?」
「あのう……よろしいんですか? 期間限定では……」
「おや、フランカさんは勉強ひと筋なのに、図書館司書の研修中に声をかけられたらどうするんですか? 相手が既にいると言っておいたほうが後々楽でしょ」
「私なんかに声をかける物好き、エルチェ先輩くらいですけど」
「僕が声をかけたのに、周りが放っておくことはないかと思いますよ。貴族は遊び半分な恋が好きですから」
そんなものか、とフランカは思う。
実際問題、プロムで踊った相手と別の人と結婚するという例はフランカも聞いているため、存外どこもかしこも期間限定のものに弱いらしい。
平民なため、遊び半分で恋愛するのもなと思っていたフランカからしてみれば、エルチェの距離感は楽なものであり、ガツガツもしてなければ、放置されることもないほっとするものだった。
なら、このままでいいのか。
そうあっさりとフランカはエルチェに丸め込まれてしまったのである。
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