期間限定延長中

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****  さすがにおかしいと思ったのは、彼女が無事魔法学校を卒業し、プロムで次もエルチェと踊り(また違うドレスを贈られ、指輪まで贈られてしまった)、図書館司書として働きはじめたときだった。  何気なく学生時代の話をしていた同僚のティルが、顔をしかめてしまったのだ。彼女は王都で代々古本屋を営んでいる平民であり、王都の常識には大概強かった。 「それ、普通にあなたに求婚してるんじゃ?」 「ええ? 単純にエルチェさんが貴族に政略結婚迫られるの困るからじゃ?」  ティルに指摘されても、フランカは首を捻っていた。  実際にエルチェがすごい勢いで出世していき、見るたびに騎士団服についている勲章が増えていく。あまりに増えすぎてジャケットの表に付けることができなくなり、とうとうローブの裏側にまで付けはじめたのをフランカは見ていた。  平民でも出世していけば普通に爵位を賜るし、そうなれば貴族だって放っておく訳がない。今はありがたくもルームシェアさせてもらっているが、その内追い出されるだろうと見越して、フランカはルームシェアで浮いた分を貯金しながら新しいアパートメントを探していた。  それにティルは「いやいやいや」と首を振った。 「むしろあなたを心配してでしょ? 貴族階級じゃなくって、実家から離れている子なんて、貴族からしたら格好の遊び相手じゃないの」 「そんな馬鹿な。だってティルだって実家から離れてアパートメントで暮らしてるじゃない」 「私の実家は王都にあるから、いざとなったら実家に立てこもることくらい許してもらえるもの。あなたは故郷に帰るのに時間がかかるのをいいことに、悪いことされるのを、あなたの彼氏さんは徹底して守ってるじゃない。しかも卒業して早々に出世しまくってるって、そんなのもう、結婚を視野に入れてるからでしょ」 「ええ……私、面白みのない人間だけれど」 「そう? 図書館で司書が乱暴働かれそうになったら、嫌な客をこてんぱんに殴って追い出したり、魔本が脱走しようとしたら殴って止めるような面白い子、なかなかいないと思うけど」 「あんまり手を出したら駄目って魔法学校時代からよく怒られてたけどな」 「手を出させるほうが悪いでしょ。口で言っても聞いてくれないんだから。話を戻すけど、とにかくちゃんと彼氏さんと話をしなさい」  そう窘められても、いまいちフランカは納得できなかった。 (すぐ口より先に手が出る乱暴者だし、魔法の才能がなかったら地元でずっと漁師と殴り合いして、将来は漁師の嫁になる以外なにもなかったはずなのに……エルチェ先輩は私のなにを見て期間限定の恋人続けてるんだろう……)  港町の喧嘩っ早い娘。フランカはそのつもりで生きてきたし、エルチェ以外から大して女子扱いされたことがないため、彼がなにをそこまでいいと思ったのかがわからないでいた。  そう思いながら家へと帰っていく。  辻馬車に少しだけ揺られた王都の端っこには、少し大きめの家がある。閑静な場所であり、大昔に貴族の別邸として存在していたらしいが、没落して売りに出されていたのを借家として買い取った人がいるらしい。今はエルチェが借りてフランカと住んでいる。  エルチェは忙しくてこのひと月顔を合わせることがなかった。今日は食事がいるんだろうか、いらないんだろうか。そう思いながらも、フランカは豆と瓶詰めの野菜をたくさん煮てスープをつくり、昨日焼いたパンと一緒にいただこうとしたところで。 「ただいま戻りました」 「お帰りなさいませ-。ちょうど食事ができたところです。エルチェさんはいかがですか?」 「はい、いただこうかと思います」  久々に見たエルチェは、いつもの眉目秀麗な顔に疲れが滲み出ているような気がした。それにフランカは心配になって寄っていく。 「大丈夫ですか? 食事の前に少し横になりますか?」 「いえ……ならフランカさんをください」 「はい?」  フランカが「なにを?」と聞く前に、抱き着いてきた。  ローブからシャランシャランとうるさく音が鳴った。また勲章が増えたらしい。抱き着かれたまま、フランカはおずおずと尋ねた。 「同僚に尋ねられたんですけど。私たちって、いつまで期間限定を延長すればいいんですかね?」 「ああ……恋人はあまりにも長過ぎましたね。失礼しました」  そう言いながらエルチェはひょいとローブからなにかを取り出した。バラの花だった。 「結婚しましょうか」 「……私たちって、期間限定じゃなかったんでしたっけ?」 「僕言ったでしょう。期間限定で平民となったら相手が限られると」 「言ってましたけど……それってエルチェさんが風評被害で困ってるって話では……?」 「ああ。しょっちゅう貴族に遊び相手になれと迫られていたのは本当ですけど、風評被害は権力持ったらねじ伏せられるので放ってました。どちらかというと、あなたですよ」 「……私、そんな人いませんでしたけど?」 「だって、上都してきた女性は右も左もわかってないのをいいことに、引っ掛けて弄んで捨てられるっていうのはしょっちゅうでしたから。あなたを最初見たときから、その手の人物が後を絶ちませんでしたから、ちょっとお話しして追い払ってただけです」  それにフランカは変な顔をする。 「……今初めて知りましたけど、それ」 「貴族は結婚後も自由恋愛続けますが、平民はそんな習慣ありませんし。不貞でひどい目を見るのはいつだって平民ですから、無視するしかないんですよ。それが上都したばかりの方だとご存じありませんしね。最初は新入生がそんな目に遭うのは可哀想程度でしたよ。本当に」 「じゃあなんで声かけてきたんですか」 「だって、久々に見ましたから。あんなに楽しそうに魔法を習っている方は」  フランカは「ええ」と言う。 「私の地元に魔法習う場所ありませんでしたから、毎日楽しかっただけなんですけど……」 「魔法職以外はもっぱら貴族の嗜みくらいしか魔法の価値知らない人多過ぎるんですよ。魔法を楽しそうに学び、放っておいたら食い散らかされそうとなったら、声をかけて保護するでしょう、普通は?」  フランカはバラの花を髪に飾られて、少しだけ俯いた。 「私、喧嘩したらすぐ手が出ますけど」 「でも僕たち、殴り合いの喧嘩になったことありませんよ」 「だってエルチェさんを殴る理由ありませんでしたし……体型だってそこまでよくありませんし」 「健康的です。お仕事なさってるんですから健康が一番ですよ」 「王都の人みたいに綺麗じゃありません」 「あなたは充分魅力的ですよ。僕の選んだ人を悪く言うのはお止めなさい」  完敗だった。というか、最初から負けていた。  なにも気付かないまま守られて囲われていたんだから、もうどうしようもない。  フランカはエルチェに抱き着き返してから、一応尋ねた。 「うちの実家に挨拶に行ってくださいますか? かなり荒れてる場所ですから、びっくりするかもしれませんが」 「僕もしょっちゅう宮廷で暗殺騒ぎの解決してますから、どちらのほうが先に手が出るか楽しみです」  そのひと言で、フランカは破顔した。  延長に次ぐ延長していた期間限定の恋は、このたび婚姻に変わろうとしていた。 <了>
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