大きな、小さな、私のあの子

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家の柱に航太の身長を記録し続けて7年目の今日、12歳になった航太の身長はついに私を追い越した。私は柱に油性マジックで158cmと書きながら、夫に言った。 「ねえ、あなた!航太はすっかり大きくなったわよ!中学に入ったら、あなたの身長もぐーんと越してしまいそうね。ああ、楽しみだわ。本当に、航太の身長は一体どこまで伸びるのかしら」 夫は泣いていた。そして、小さなため息をつくと、私のそばに寄ってきて、後ろから抱きしめてくれた。そのまま静かに私の首を絞める夫の手は、とても優しかったけれど容赦は無かった。もしかしたら、こんな私への恨みの念もあったかもしれない。私は抵抗なんてしなかった。そんなこと、とてもできやしなかった。こんなことになっても、私の航太は成長を止めることはない。だって私の中に居るのだから。ずっと、私の中に。 今、こうして、家の庭の花壇に夫が掘った穴の中で横たわって眺める星空は、全てが嫌になってしまうほど綺麗だ。夫は、納骨前に家に少しだけ残しておいた航太の小さな骨を私の隣りに置いて、私の上にさらに土をかけていった。とうとう星空が見えなくなって、私は土の中で朽ちるのを待つばかりとなった。 それからどれほどの時間が経ったのだろう。どうやら夫は花壇に私を埋めたあと、何かの花の種を植えたようだ。毎日水をかけて世話をしているのか、程よく土は湿り続けている。そんな土と、腐る私の体を養分とするために、根が伸びてきて、あちこち私の体内に入ってきては、食べ尽くすかのように私からいろんなものを摂っていった。唯一、奪われなかったのは私の中の航太だった。私は腐食が進む一方だが、隣に眠る航太は日増しに生き生きとしているように思えた。 ある日、私は久しぶりに右手を握りしめられたような感覚を味わった。それは私より一回り小さな手で、ふにふにしていて柔らかかった。ああ、これはきっと、私の隣に眠る航太の手に違いない。土の中で根に張り巡らされ骨と化した私の手は、航太のかわいい手をできる限り痛めつけないように握り返した。すると、耳元で航太の声が聞こえた。 「お母さん、僕たちの上に咲くお花はどんなのだろうね。綺麗なお花だといいね。お父さんは何を育ててくれていると思う?」 航太の声は、私に身長を柱に書いてとねだった時のままだった。あまりにも無邪気な声に、私は胸を締め付けられた。詰まるはずのない声が詰まって、何も返事をしてやれない。そんな私の気持ちなど知らずに、土の中を伸び続ける根は空っぽの私の体内に侵入して、あちこちを巡る。
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