サイドA 発症

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サイドA 発症

「今日はどうしたんだ……?」  正樹(まさき)はテレビのニュースを見ている。焼きすぎたトーストの端は黒ずみ焦げて苦味があった。コーヒーを啜り無理矢理喉に流し込んだ。 「加奈子(かなこ)、トースト焦げてるぞ。いつものお前らしくないな」 「私も朝の準備は忙しいのよ。分かるでしょ? 作ってもらえるだけ有りがたく思って頂戴。もう出るわよ」  加奈子は急いで玄関先に向かった。二人は共働きでいつも先に加奈子が出ていく。と言っても正樹はこのご時世でリモートワークである。しかし加奈子はホープ研究所に勤めているのでそうもいかないらしい。 「おい、加奈子。ちゃんとマスクをして人混みには近づくなよ。大変なのは分かるけどお前が感染したら俺が困る」 「何、言ってるのよ。あなたが困る前にみんな困ってるのよ」  朝の身支度で忙しいと言うわりには必ず朝食を用意してくれる。文句は言うが感謝はしていた。去年の今ごろなら一人身で朝食など取らず仕事に向かうからだ。 「あれ? おかしいな。ドアの締まる音がしない。トイレか?」  不思議に思った博は玄関を覗いた。いつもなら出掛ける際ドアの閉まる音が必ずするからだ。 「おい、加奈子、トイレか? まだいるのか?」  返事はなかった。やっぱり出たのかと廊下を曲がると加奈子が踞っている。 「どうした? 加奈子」  慌てて駆け寄る博。顔が赤らんでいる。熱があるか。いくら呼んでも返事がない。気を失っている加奈子。慌てて119番に電話する。 「はい。119番消防です。火事で……」  電話の向こうで言いかけた男性の声を遮った博。 「妻が急に倒れたんです。意識がありません……」  ──続きまして最近世界的に猛威を振るっているK3ウイルスについての続報です。わが国でも現在死者二百十名 入院者数千百二十一名です。これからも増加すると思われます──
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