魔女と乳児

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魔女と乳児

 「そろそろ、か」  ある王国の、深い深い森の中。  その森には、魔女が住んでいた。  王国内の誰よりも高い、魔力、知識、美貌を有する、最強の魔女。  そして、その王国では、魔術師もまた、魔女と呼ばれた。  そう。  魔女が森に居てくれるおかげで、王国は建国以来、大きな魔獣の害に悩まされたことがない。  邪悪な魔獣達さえ、魔女の膨大なる魔力を恐れ寄りつかぬ。そんな言い伝えもある。  ただし、それには対価が必要。  百年に一度、魔女に貢ぎものを。  それが魔女のお気に召せば、魔女はまた百年、森に留まってくれるのだ。  今年は、折しも、その百年目。  魔女は、遣いの魔獣を待っていた。 「……戻ったか」  魔獣ではあるが、魔女の親愛なる存在、従魔。  魔羊(まよう)の魔力の気配だ。  魔女は、目線を向けた。 「さあ、何が届いた? 大量の(きん)か? たくさんの貴重な書物か?」  魔女は、別に欲深いわけではない。  たとえば、金などは、魔法で鉱脈を探して発掘すればよい。  国王たち、優秀な魔術師たち。  さらに、たくさんの人間。皆が、精魂込めて厳選した貢ぎもの。  それが何か、ということに興味があった。  あくまでも、純粋な、好奇心。  森から離れた泉のほとり。  それは、王国とのやり取りの場所。  魔女の代わりにそこに向かったのは、遣いの魔獣、従魔ネエネエ。  もともとの大きさも普通の羊よりも強く、大きく、賢い。それが、さらに何十倍もの大きさに変化して、遣いをこなす。  優秀な従魔ネエネエは、見事に役目を果たし、黒いふわふわの羊毛に、たくさんのお宝をのせて帰ってきた……のだが。 「なんだ、これは」  巨大化した魔羊の背中には、たくさんの金銀財宝。  それだけではない。  貴重な書物に、豪華な布、宝石……多種多様な財宝。多分、鮮度を保つ魔法が掛けられた食材なども。  だが、魔女の見つめる先には。 『乳児ですねえ。男の子ですねえ。魔力がかなり多いですねえ』  そのとおり。乳児だ。  そして、念話の語尾の、ねえ、は魔羊の特徴。  名前もそう、「ネエネエ」。  この名は魔女の大恩人、師匠たる先代の森の魔女が付けた、誉れ高き名である。 「魔力が……。まさか」 『ですねえ。魔女様のお弟子に、と、王国が気を利かせたのかもしれないですねえ。かなり強い保護魔法も掛けられておりますし、元気な乳児ですねえ。お腹も、服も、襁褓(むつき)も、きちんとされてましたねえ。襁褓や、布、これから必要になる衣服もたくさん、ですねえ。質のよいものですねえ』 「まあ、確かに……」  肌つやもよく、丸々としているし、魔力もよい波動だ。乳児の心身が健やかな証である。  仮に生贄に、などということならば、魔女の代わりにネエネエが先んじて、首謀者を魔法で殲滅していたことだろう。 「……だからと言って、まだ私は201歳だぞ? 弟子を取るような年齢ではないのに……」 『偉大なる先代様が素晴らしき魔女様を弟子にされたこと、魔女様が一人前になられたのでここを託されたことなど、人間は存じませんですねえ』 「……うむ」  先代様は、つい前年、御年900歳で旅立たれた。  正確な御年かは分からないが。「もしかしたら915歳くらいかもね」と仰っていた。  先代様が、魔女を弟子にしたのは、魔女がまだ、ほんの20歳の頃である。  180年の修業で、魔女は魔女と認められたのだ。  そして、先代様は真の魔女になられた。  弟子が一人前になった魔女、魔術師はその瞬間から、長い歳月、生きる時全てを自由に使えるようになるのだ。 「来年、王国が何か貢ぎものを寄こしてくるからね。魔女になったお祝いに、弟子に全部あげるよ。取り引きの場所には代々の魔女、魔術師が魔力を注ぎ続けてる。危ないもの、魔女や魔術師の貢ぎものに相応しくないものは全部、王国に返っていくから。安心して、ネエネエを送るといいよ」  そう言って、先代様は旅に出たのだ。  ネエネエもその時に、魔女の専属魔獣、従魔として頂戴したのだ。  そして、ネエネエはこのとおり、先代様と魔女とに深い敬意を持って尽くしてくれている。  魔女や魔術師と認めて頂いたと同時に優秀な魔獣まで。破格の待遇である。先代様には感謝してもしきれない。もちろん、ネエネエにも。  ……先代様の仰ったことを思い返すと、やはり。 「つまり、この乳児は」 『魔女様に必要な御子ですねえ』  そういうことだ。  そもそも、先代様から託された優秀な魔獣、魔羊ネエネエ。  邪悪なもの、必要ないものならば、連れて来ようはずもなかった。もちろん、きちんとしたところに返すなどはしただろうが。 「まあ、でも、とりあえず。この子の親とか、色々を確認させてもらおうか」 『ですねえ』 「はい、ごめんねえ。ちょっと記憶を……」  何かをする訳ではない。  ちょっと、記憶や色々を見せてもらうだけ。  ネエネエの口調が移るくらいに、魔女には簡単な術だ。害など、全く存在しない。  だが、記憶を見ていた魔女と、ネエネエは。 「……王国には」 『返せないですねえ』  そう、言い合ったのだった。  ※襁褓……おしめ、おむつのこと。
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