魔女と少年

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魔女と少年

「父上は、元第五王子。母上は……ごぞんめいなのですか」  アカゴは、8歳になっていた。  9歳は、王国では上の学校に進学したり、弟子入りを開始する年齢。10歳までにはどちらかを選ぶか、選ばざるを得ない。 『上の学校に行くならば母のところから通いたかろう』  魔女はそう考えていた。  アカゴは、読み書きなど、皆が持つ学識ならば、十分どころではない。  今のままでも、上の学校とて、優秀な成績で入学できるほどだ。  望むなら、魔法学校でもよい。その為になら、魔女の力で、髪の色も変えてやる。王族の血族であることは秘密にせねば。 『きれいな紅玉色なのだがな』  秘密に。そう誓う魔女の心に、少しだけ針にも似た痛みが生じた。  髪の毛には魔力が宿る。アカゴの才の証をと、惜しむ気持ちだろうか。そう考えたら、落ち着いた。  そう、よい頃合い。  そろそろ真を伝えるべきと魔女は思った。   父の(かたき)の話もしてやろうと。  ネエネエは、『伝えること、には賛成ですねえ』と言った。 「お父君の死因についてネエネエに色々と調べさせていたのだ。馬車に賊を送ったのは……」  王子だった父の赴任予定先で最も権力を持っていた貴族。元王族にこられては私腹を肥やせなくなるからという浅慮からだ。  魔女の指示でネエネエが配下を送り、集めた証拠。それらは精査され、貴族は既に裁かれている筈。  貴族の裏にも差金(さしがね)が存在してはいるようだが、とりあえず、一定の成果だ。 「母君に、名前を付けてもらいなさい。魔女に繋がりのあるものの(あかし)、黒き魔石も渡す。他にも、魔石を幾つか譲ろう」  魔女、魔術師だけが作る、黒き魔石。      魔女の黒は、この国の誰よりも強い色。これ以上ない、証。  アカゴは、魔女の輝く目を見つめる。  黒くて、美しい。髪の毛も、闇のような色でありながら、あたたかくて、優しい。  アカゴにとって、誰よりも、何よりも大切で、素敵な方。 「はい。お別れをしてきます」  はきはきとした声。  それは、魔女が予想していた答えとは違っていた。 「お別れをするのは私とネエネエとにでは?」 「違います。母上に、お礼を。できれば母上に魔力をお返しし、お別れを。父上のお墓にも、いつかは」  よどみなく答えるアカゴ。  魔女の魔石に、魔力を込めて母に返すつもりなのだろう。魔石を介した魔力の譲渡だ。 『決めたのかねえ』  ネエネエが、もふもふとした体を揺らしながら言う。 「はい。魔女様がいらっしゃるところが、僕のいるところですから」  ネエネエとアカゴだけは、分かり合っているようであった。 「アカゴの魔力ならば、本気で望めば王族にもなれるのだぞ? 私はいつか、この森、この国を去るかも知れないし」  王宮に渡す気などはないが、アカゴがどうしても、と言うなら。と、口にはすまい、と思っていたことも伝えてみる。  しかし。 「魔女様、あなたがいらっしゃらない国なら、僕に、この国にいる意味はありません。僕は、あなたをおしたいしております」 「アカゴ……何を言っているのかが、分からないのだが」   ネエネエを伴に、遠方の高位貴族令息と従者を装わせ、王国の一番の図書館にだけは自由に入れるようにしてやったから、恋愛の本でも読んだのか?  ……分からない。  ネエネエの、だけではなく、アカゴの言葉まで、分からなくなるとは。しかも、身体からは何かの熱を感じる。 『旅の支度をしましょうねえ。ネエネエが王都近くまでのせていってあげますねえ。ふかふかで、らくちんですねえ』  羊毛をさらに揺らして、変化。  支度のために、乳母へと変化したネエネエは、何だか楽しそうだ。 「はい、よろしくお願いします! 魔女様とネエネエに、お土産をたくさん買ってまいりますね!」  部屋を出て行く二人。  残された魔女は、冷めてしまった薬草茶を手にした。 そして、「熱があるようだからな。これは、これでよかろう」と、一気に飲み干すのだった。
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