プロローグ

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プロローグ

 ───バーン!  真夜中だというのに寝室の扉が大きな音と共に開いた。 「子どもの産めない女など不要だ。今すぐに出ていけ」  酒の匂いがするエクウス・シエルバ伯爵は夫婦の寝室に入るなり、妻のリリアージュに向かって暴言を吐いていた。 「···かしこまりました」 「地味で陰気なおまえの実家の援助も今日で打ちきりだ。ははははは」 「···はい」  妻のリリアージュの実家であるメディウム男爵家は、シエルバ伯爵家の傘下にある小さな領地を持つ名ばかりの貴族だ。  エクウスとリリアージュは二年前に結婚をしたが、子宝には恵まれずにいた。  この国の貴族が離婚するには違約金や慰謝料が発生するが、二年間子どもが授からなければ双方の家との協議の上、書類の提出だけで簡単に離婚することができる。  跡継ぎを重視している貴族は、夫婦間の不仲や不妊などで子どもが授からない場合は、公妾などを儲けるか離婚して再婚相手を探す。  男尊女卑が横行しているこの国では、不妊に関しては一般的に女性の方に非があると言われていて、一度離婚され不妊と言われた女性が再婚するのは難しく、実家に戻れない者は他家の愛人や年老いた男性の後妻になったり、修道院に入る者が多数だった。  リリアージュは離婚することになっても裕福では無い実家には帰れず、修道院に行くことになるだろう。  リリアージュは酒に酔い足元が覚束ないエクウスを支えようと手を差し伸べた。 「触るな!」  と大きな声で、リリアージュの手を振り落とした。 「すみません」 「おまえの顔など見たくない」  そう言うとエクウスは、リリアージュの両肩に手を置き力任せに突き飛ばした。  強い力で突き飛ばされたリリアージュはベッドの脇にあるチェストの角で後頭部を強打した。  エクウスはリリアージュに振り向くこともなく、ふらふらとした足取りで自分の寝室に歩いて行った。  リリアージュの飼っている猫のアビーが心配そうに彼女の様子を伺っていた。 「アビー来てくれたの?」  倒れたまま起きあがることができなかったリリアージュは、アビーの頭を撫でながら掠れた声で言った。アビーはずっとリリアージュの側にいた。  リリアージュはゆっくり目を閉じ、翌朝になっても目を開けることはなかった。    いつもの時間にリリアージュが食堂に訪れなかったので、仕方なく軽食の用意をしたメイドが異変に気づいたのは、お昼に近い時間だった。  貴族のメイドなら、主人が目覚める頃身支度に訪れ、食堂まで案内するのが当たり前だが、当主であるエクウスが妻のことを蔑ろにしていたので、メイドたちもリリアージュの身支度や細かい世話をしなくなっていた。  メイドは直ぐに執事長に知らせに行った。
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