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『のびるよー?』
『…うーん…。』
ベランダで電子タバコを燻らし携帯から目を離さずに返事をしてくる。
仕事の連絡だとは思う。
社長秘書をしている蒼汰は忙しい。
‘プラダを着た悪魔’をちょっとだけ縮小した感じ。
尊敬する先輩が起業して誘われて、私と同じ会社から転職した。
忙しすぎる仕事もどうかと思うが、本人はやりがいがあって充実しているように見える。
仕事なのだから執拗くは呼ばない。
呼ばないけど。
朝、今日はご飯いらないって言ってた。
私も今日は残業だったからあえては作らず残りもので適当に済ませた。
さっき仕事から帰ってきた蒼汰が「お腹空いた。今日はお昼ご飯食べる時間が無かった。すぐに食べたいからカップラーメンでいい。」と言うから用意した。
食べるまでにこんなに時間があるなら、いくら料理が得意じゃない私だって野菜炒めくらい作れた。
今から作ったところで出来上がった頃にはカップラーメンを食べてる最中で「もうお風呂に入るからいらないよ。明日食べなよ。」と言われるだろう。
同棲して2年、最近同じような事が頻繁に起こるようになった。
予定が変わったら連絡するとか、せめて「今から帰るよ」っていう連絡をくれたら、とは思うけど。
予定がくるくる変わって連絡できないのもわかる。
私も会社員としてフルタイムで働いているから、負担をかけないようにしてくれているのもわかる。
自分がなかなか家の事ができないから、私にも求めないのもわかる。
わかるだけに怒れない。
言えない。
言いたくない。
蒼汰といると自分が気の利かないダメ人間に思えてくる。
私だって忙しい蒼汰の体が心配だし、せっかく一緒に暮らしているのだから栄養の偏りくらい気をつけてあげていたい。
私に負担をかけないようにというのは本当に優しさなのか。
期待されていないだけじゃないのかと思う。
私が仕事と家事を両立できないのを静かに責められている気になるのだ。
同じく食事の用意をしないなら2人で一緒に外食するほうがまだ気にならない。
昨日の晩御飯は何だった?と聞かれたらカップラーメンと答えるよね。
長く付き合って同棲している彼女がいるのに。
私が見栄っ張りなだけなの?
ベランダから見えるいつもより大きな三日月に問いかける。
黙って新しいカップラーメンに取り替える。
蒼汰は気が付かない。
最初が何だったかなんて見ていないから。
そんな気遣いでしか自分のプライドを保てない私をさらに低くなった三日月があざ笑った気がした。
忙しい蒼汰との時間を確保する為の同棲だった。
なのにだんだん息苦しくなってきた。
自分で自分の首を絞めているのもわかっているけど。
のびのびになっている私達の結婚ものびたラーメンみたいにそろそろ捨てる時なのかもしれない。
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