4.再会への旅路

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 コーヒーに口をつけつつ、待合室でニ十分ほどが経過した頃、車椅子に乗った初老の男性がひとり、看護師に後ろを押されて入室してきた。  男性は入院服を着ていたが、顔や手足の肉付きの様子から、全体的にかなり瘦せこけているのがわかった。肌色は病的と言えるほど白く、ちゃんと血が通っているのか心配になるほどだ。頭髪はごま塩頭で、髭は剃っていないのか、顔の至る所に白髪交じりの短い無精髭が生えていた。 「宗輔が会いに来たと言うのは、あなた方ですか?」  鼻に酸素チューブを付けた状態で、ガラガラとした声で男性は訊ねた。その伝言を聞いたということは、この人が田嶋丈訓で間違いない。  俺と零司は田嶋と背後の若い女性看護師に向かって名を名乗り、「信じられないかもしれませんが」と前置きした上で、ここまでやってきた経緯を正直に説明した。  田嶋は始め、無表情で話を聞いていたが、高梨の元へ届いた宗輔が夜な夜な泣いていたことを聞くと、急に目頭をつまんで俯いた。そんな彼の前へ宗輔の入った袋を出すと、彼はおそるおそるその袋を手に取り、中からスルリと宗輔を取り出す。 「すまんかった……。勝手に手放して、本当にすまんかった」  田嶋は宗輔をギュッと握りしめ、胸に抱いて大粒の涙をポロポロとこぼした。そんな田嶋の震える背を、背後に立つ看護師が優しく擦る。 「田嶋さんは先日、癌の摘出手術を受けたんです」  田嶋の癌はかなり進行しており、発覚した時にはすぐに手術をする必要があった。しかし田嶋には蓄えが殆ど無く、かと言って頼れる身寄りもなかったため、持っていた数本の刀剣を全て売り、治療費にあてる必要があった。その中でも一番値の張るのがこの宗輔だが、一番思い入れが強く、直前まで売るのをためらったのだと。 「刀剣は、実益を兼ねた私の趣味でね。初めて手に入れた刀剣はこの宗輔だし、刀を研ぐ練習を一番したのもこの宗輔だ」  田嶋は息も絶え絶えにそこまでを話した。病気の影響なのか、それとも手術で体力を失ったせいなのか、かなり身体の調子は悪そうだ。しかしそれを押してまでこの面会に応じてくれたのは、宗輔への並々ならぬ想いがあったからに違いない。  田嶋は肩で息をしながらも、宗輔の鞘をゆっくりと抜き取った。すると、とても鋭く輝く刀身がぬらりと現れる。 「丈訓ぃ……」  俺の耳にだけ、元主(もとあるじ)の名を呼ぶ宗輔のか細い声が聞こえた。おそらく先ほどの彼の話はしっかりと聞こえており、何故自分が手放されたのか、事情を理解したのだろう。その声音には、田嶋を心配する想いがうかがえる。
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