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(それに、この刀に付喪神が宿ったのには必ず理由があるハズだ)
人間がまず愛着や愛情を持ってモノに接していなければ、そのモノに付喪神が宿ることはない。つまり、ここまで付喪神が田嶋へ好意を寄せているのには、まず田嶋からこの短刀に並々ならぬ愛情を持って接していなければ説明がつかないのだ。
「看護師さん、田嶋さんにこう伝えてくれませんか? “宗輔”が会いにきた、と」
付け加えて、自分たちがどこからやってきたのかも伝えてもらうことにした。看護師は、「必ず面会できるとは限りませんが、とりあえず本人に伝えますので少々お待ちください」と言って、本人からの返答があるまでナースステーション向かい側の面会用待合室で待つよう案内された。
待合室には、中庭が望める大きな窓がいくつかあり、日中はとても明るい雰囲気だ。部屋の隅には紙コップで飲めるタイプの自販機があり、中央には二つのテーブルとそれを挟むソファが置かれている。
零司は自販機でコーヒーを二つ買うと、一方の紙コップを手渡しながらソファに座った。そして、「さっきの宗輔て?」と訊ねる。
「短刀の名前だよ。高梨さんから聞いただろ? “銘”ってやつさ」
銘とは刀の名前であり、刀を作った作者名のことだ。腕のいい刀工になると、自分の作品にこの銘を刻む。それは今でいう“ブランド”と同じ役割を果たしていた。名のある刀は、刀身の持ち手部分に銘を刻まれているのが一般的だ。
高梨はおそらく“宗輔”が欲しくてネット上で検索し、田嶋が出品していたネットオークションに辿り着いたのだろう。田嶋に関してはどういう経緯で手に入れたのかわからないが、おそらくこの“宗輔”という銘が刻まれていたからこそ、この短刀を大事にしていたに違いない。宗輔なら欲しい人がいるとわかっていたからこそ、オークションに出品したのだ。
「しかしその銘を伝えたところで、ホンマに会ってくれるんか? ここまで来て会えへんかったら、無駄な出費もいいとこやで。付喪神のためにここまでする義理あったんかいな」
ナースステーションの看護師が連絡を入れてから、十分以上が経過していた。その看護師からは、未だに面会が「できる」とも「できない」とも音沙汰がない。病棟はやはり患者への介護で忙しいのか、看護師らはナースステーションをひっきりなしに出入りしていた。そんな様子を横目でチラチラと確認しながら、零司は片足をせわしなく貧乏揺すりさせている。
(待つしかない)
一か八かの賭けだった。ここは、宗輔に付喪神が宿った奇跡に賭けるしかない。
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