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中庭に面した窓からはすでに傾きかけた日の光が差し込み、待合室全体を黄色味の強い暖色で染めていた。田嶋はその光を宗輔に反射させ、刀身を隅から隅までくまなく注視する。それはまるで、研ぎ残しがないよう研ぎ師としての最終確認なのか、はたまた思い残すことがないよう最後に宗輔の輝きを自分の瞳へ焼き付けているかのようにも見えた。
「わざわざこんなところにまでお越しくださり、また最後に宗輔と会わせてくださって、本当にありがとうございました」
止めることの出来ない涙を手の甲で拭いながら、田嶋は宗輔を元の鞘に戻して袋の中へと仕舞った。そしてゆっくりと俺に宗輔を手渡す。……と、その時、
「丈訓と一緒に居たいよぅ」
と、今にも消え入りそうな声が聞こえた。その瞬間、思わず「マジか……」と口が滑る。
その言葉を聞き逃さなかった零司は、「ちょっと失礼」と二人に断り、俺を待合室の隅まで引っ張った。そこなら小声で話せば、ちょうど田嶋らに聞こえないだろうと判断したからだ。
「マジかって何やねん! また何かあったな!? 言うてみぃ!」
「ええと……宗輔が……田嶋さんと……」
「付喪神が田嶋はんと?」
「一緒に居たいって」
その瞬間、零司のこめかみからブチッと血管の千切れる音が聞こえた気がした。そして勢いのまま俺の手から宗輔を奪い取ろうとしたので、咄嗟に背後へと匿う。もしこのまま零司に宗輔を奪われたら、田嶋の見ている目の前で窓から放り投げそうだからだ。
「ちょっと待って! 零司さん、落ち着いて!!」
「これが落ち着いてられるか、どアホ! 優しくしとったらつけ上がりやがってほんまにコイツ!!」
「これにはちゃんと理由があるんだ」
「あ゛ぁん!? どないな理由があるっちゅうねん! 言うてみぃ!!」
零司の下顎は、怒りで完全にしゃくれていた。宗輔がまたわがままを言い始めたのだと思い込んでいるようだ。だが、事はそう単純ではない。
「高梨さんに宗輔の逸話を訊かれた時、俺が宗輔の話を通訳しただろ?」
「あぁ……何やったっけ。江戸時代にこいつが作刀された話?」
「そう」
それは、長い年月をかけて宗輔に付喪神が宿ることになった、宗輔が人々に愛され大事にされた記憶だった。宗輔がこの世に短刀として作刀されたのは江戸時代の初期頃。とある小さな藩の藩主が、もうすぐ誕生する娘の健康を祈って、藩の御用鍛冶である宗輔に短刀の作刀を依頼したのだという。
作刀された短刀“宗輔”は藩主に納品され、間もなく誕生した娘へと贈られた。その娘は無事健やかに育ち、他家へと嫁ぐ際にも嫁入り道具として宗輔が持たされている。
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