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そして宗輔は娘の子、孫へと渡り、健康と長寿の祈りを込めて子々孫々に代々手渡されていった。やがて江戸時代の末期には、藩の領民に愛される神社へと奉納され、今度は藩全体の民に対する健康と長寿の祈りが込められたのだという。
「つまり、宗輔には病気平癒の力があるから、田嶋はんと一緒におりたいっちゅうことか?」
「そういうことだね」
「しかしホンマに治るんかいな、田嶋はんの病気は」
訝し気な瞳で零司は、少し離れた場所で待つ田嶋を見た。田嶋は看護師が購入したであろう自販機の紙コップを、恐る恐る受け取っている。
「無理じゃろうのう。付喪神の力をもってしても」
その答えは宗輔からではなく、俺のジャケットの内ポケットから発せられた。
逸話はあくまでも逸話だ。もしそんな力が付喪神に備わっているのだとすれば、宗輔を所持していた田嶋がそもそも病気になどなるはずないのだ。
(それに田嶋さんには……)
車椅子で静かに紙コップへ口をつける田嶋を見つめる。彼がこの待合室へ入室した時、彼の背後には若い看護師の他に、黒いローブのようなものを着た人影がピッタリとくっついていた。フードを被ったその顔は影でよく見えず、全体的には黒い人影にしか見えない。それはおそらく俺の眼にしか視えていないものだが、その手には黒い草刈り用の鎌を持っており、その刃先は終始田嶋の喉元へと突き立てられている。
このような黒い人影に出会ったのは、実はこれが初めてではなかった。以前にも病院で、このような影が背後にピッタリと付いた人間を何人か見かけたことがあったし、養父の両親、つまり父方の祖父母にも付いていたのを目撃したことがある。
俺は勇気を出してその人影に、「あっちへ行け!!」や「消えろ!」と声をかけたこともあった。だが人影は決まって何も答えず、ただ黙ってその人間の首に鎌を突き立てているのだ。やがてその人影がぴったり付いていた祖父母たちは、一ヶ月以内にこの世を去っている。
「田嶋さんは、おそらくもう長くない」
そう小声で言うと、零司のハッと息を飲む音が聞こえた。そして畳み掛けるように「俺は、宗輔の好きにさせてあげたい」と伝える。
零司は何度か俺の顔と宗輔と田嶋さんを順ぐりに見比べながら何かを思案していたが、しまいには「降参や」と両手を上げて、条件付きで田嶋に宗輔を渡すのを赦してくれた。
携帯で高梨に連絡し、田嶋の現状と俺たちの考えを伝えると、彼女は宗輔を田嶋へ渡すことに快く賛成してくれた。宗輔を触るのはこれで最後だと思っていた田嶋は、宗輔を手渡すと瞳を大きく見開いて、「ありがとう、ありがとう……」と再び大粒の涙をこぼし、何度も頭を下げるのだった。
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