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この仕事には、免許や資格はない。普通の人間には見えざるものを相手にしている以上、詐欺だと言われても仕方がない面まである。だからこそ、自分独りでこの仕事をやろうとは夢にも思わなかったが、零司が誘ってくれたおかげで今、無職やニートでは決して味わうことの出来ない“仕事をする喜び”を感じていた。
「さぁ、過去を振り返るのはここまでや。今日は二名予約が入ってんで。あと十分くらいで一人目の依頼人が来るはずや」
店内の壁掛け時計を見ると、午前十時五十分を過ぎていた。
(よし、今日も頑張ろ)
手元のアイスコーヒーに手を伸ばし、ストローでひと口すする。グラスをコルク製のコースターに戻すと、そのすぐ横で胡坐をかいていた桜爺が店の扉をじっと眺めていた。ジャケットの袖口をチラリと覗くとそこには龍蜷の頭があり、つぶらな瞳と視線が合う。
一ヶ月が経過した今でも、全くもって自力で依頼を解決できているとは思えなかったが、俺みたいなポンコツでも支えてくれる仲間がいることには感謝しかなかった。この社会に自分のような奴の居場所はないと思っていたが、仲間の手を借りて自分で居場所を作ることも出来るのかと、改めて気付かされる。
窓から外を覗くと、駅前のロータリーをポツリポツリと駅の改札へ向かう人の流れが見えた。その中を逆行するように、本日一人目の依頼人かもしれない人物が、この喫茶店を目掛けて歩いている。
零司と忌一は咄嗟に居住まいを正し、そばにあるお冷を口に含んだ。そんな二人に緊張が走った瞬間を見届けると、喫茶店前の銀杏の木に止まっていた桜文鳥は、晴れ渡る大空目掛けてバサバサと勢いよく飛び立つのだった。
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