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10、〈終〉聖母の笑みで断罪する
母が保護者会の帰りに別の保護者に聞いたところ、アイツの暴力はある程度把握しているが、今年で定年退職の予定だから波風を立てずに我慢して欲しいと学校から言われていたらしい。
他の先生から、助け船がないのもそのせいだろうということだった。
(子供より優先される、大人の事情なんてあるのだろうか?)
私は、力がある大人でも正義の味方にはなれないと言うことを知った。
*
そうして、三学期が終わった。
アイツは、学校を離れることになった。
情報は本当だった。
4月になれば、アイツはいない。
それは、うれしかったが同時に浜田の勝ち逃げのようでどこか釈然としなかった。
離任式の壇上には、確かにアイツの姿があった。
壇上で、涙ながらに別れの言葉を言うアイツに、私たちは冷たい視線を送る。
別れを惜しむ言葉がこれほど、白々しく感じることがあるとは思わなかった。
馬鹿馬鹿しい、涙するほど別れを喜んでいるのはこっちだ。
そんなアイツの姿を見ながら、私は思った。
(アイツは、もう何の力も持たないただの老人だ。
私はもう怖くない)
クラスの全員が同じ気持ちだった。
別れの挨拶に校庭に出てきた他の先生とは違い、クラス担任だというのにアイツの周りには誰も寄り付かなかった。
去ることを惜しんでいない。
それがクラスみんなの無言の意思表示だ。
一年間堪え忍んだ彼らが冷たい態度をとるのは当然だ。
それでいい、それが当然の態度だ。
けれど私は、もっとアイツに復讐したかった。
最後に、ぎゃふんと言わせたかった。
負けたまま終わりたくなかった。
そして、私はアイツに勝つ方法を知っていた。
『人を傷つけたり意地悪なことをする人は、誰もそれがいけないことだと教えてもらえなかったかわいそうな人なんだよ』
そういったのは、たーこちゃんだ。
その少しお姉さん的な思考ができることをうらやましいと思いながらも、正義感の強い私にはできなかった。
相手が反省し、謝れば許すことはできる。
しかし、謝罪も反省もない者にまで聖母のように慈悲の心を持つことはできなかった。
――― 慈悲をほどこす。
それは、上位のものにしかできないからだ。
私は浜田センセイを許さない。
けれど、許したフリはできる。
誰もできないことを私がやろうと思った。
アイツより私の方が上だと、アイツにもみんなにも見せつけたかった。
反撃も、反抗も、反乱もできなかったけれど、今ならできる。
(アイツはもうなんの権力もない。
私たちに二度と手出しできない。何の関わりもない他人になる)
哀れでかわいそうな、みんなに白い目で見られて疎んじられているただの老人だ。
だから、あえて私は歩み寄る。
*
私は、深呼吸をすると浜田に声をかけた。
「短い間でしたがありがとうございました」
そして、風花の舞う中にっこりと微笑む。
これは、私にとって慈悲であり、断罪だ。
こんな優しい生徒に暴力を振るっていたのだと、一生後悔すればいい。
私は、ウソがつけない性格だ。
けれど、演技力がないわけではない。
これは、浜田センセイが今一番望んでいる、いい生徒のフリだ。
それが、4カ月しか一緒でなかった付き合いの短い私がする。
なんて皮肉で滑稽なんだろう。
「天城くん、元気でな」
浜田センセイは、歩み寄った唯一の生徒をうるんだ目で見て握手を求めてきた。
青空の下で見る浜田センセイは、なんでこんな人を怖がっていたのだろうと思うくらい、本当に小さなおじいちゃんだった。
私は、その手をぐっと力強く握り返して聖母の笑みで答える。
「はい。先生もお元気で」
私は、決して浜田を許さない。
けれど今、助けてやった。
力も見せつけてやった。
これで最後に私がアイツに勝ったことになるだろう。
バイバイ、浜田センセイ。
バイバイ、私の4カ月。
そうして、ようやく私の小学五年生が終わった。
*
桜が咲き、春が来た。
私は六年生になった。
五年生と同じこのクラスで、卒業式に別れを惜しみながら泣けるような友達ができるのだろうか?
漢字テストで助けてもらえなかった恨みはある。
けれどもう、私はアイツよりも強いからクラスメイトのことも許せると思う。
まずは、くーちゃんとバスケをやろう。
そして、お母さんにハイカットのバスケットシューズを買ってもらおう。
これは美少女戦士になれなかったとある少女が、
決して負けなかった物語である。
終わり
後日談が知りたい方は、こちらをどうぞ。
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