OXYGEN

5/7
前へ
/7ページ
次へ
 息が苦しい。激しく胸を上下させながら、コンクリートの上に寝転がった。日陰だからかひんやりとしたそれは荒ぶった心を落ち着かせてくれる。  数回深呼吸しただけで息が整ったのは、先ほどのplayのおかげだろうか。いつもなら十分ほど苦しい時間が続くのに、playの影響を嫌でも感じる。  「あの子、体調悪かったのかな」 保健室にいたのだから、きっとそうだろう。最悪だ。彼の反応を思い出すに、きっとsubだ。たとえplay未満といえども、そこにいたなら養護教諭には是非とも止めていただきたかった。  近くの壁に寄りかかる。呼吸は整ったはずなのに、心臓はうるさい。午後の授業はサボってやろう。出席は十分だし、得意教科しかない。多少休んでも問題はないと思う。  ポケットに入れたスマホを取り出す。ソウはネットニュースを開いた。オリンピックイヤーの今年、スポーツとタグのついた記事に踊る『柳原』の文字に、ソウは入っていない。  これは兄の記事。これは姉の記事。これは弟の記事。これは妹の記事。母の記事も父の記事も、祖母や祖父の記事もあるのに、ソウの記事だけがない。  家族全員domの五人兄妹で唯一運動ができない真ん中のソウは、家でもいないものとされたり、兄弟姉妹の欲求のはけ口にされたりしてきた。殴られたり蹴られたりした記憶がちらつく。穢されたことがないのだけが幸いだ。まぁそれも、魅力がなかったといえばそれまでだが。  ぱたりとコンクリートの上に倒れ込む。スマホが落ちる。心臓を押さえて、ソウはまた乱れてきた呼吸を意識的に整える。 「お前が信頼なんかされるわけないだろ。馬鹿かよ」 「威圧のglareも庇護のglareも出せないなんて、失格ね」 「ソウ兄、認める人、いない」 「兄ちゃんはどうせずっと一人なの!」  「ごめん、ごめんなさい…」 言われたのは昔だ。今言われているわけじゃない。幻聴だとはわかっていても、苦しい。  自分は信頼に値しない人間なのだ。認められることはないのだ。植え込まれたその意識が、ソウを掴んで離さない。先程の件もあってか、ソウはいつものように言い返すことができない。  ぎゅっと耳を塞いでも聞こえるその声と、収まる気配のない呼吸と心臓に、気を失えたらどんなに楽かと思いながらソウはただただ耐え続けた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加