第一章 鷹村 翔太

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「ごめん、ごめんね、母さん」  母は悲しそうにして、リビングへ行き、背中を丸めてソファに座った。  認知症の親の介護に関する本を何冊か読んだけれど、本の通りには行かない。私は母が認知症であることを認めたくないのかもしれない。母が私のことを忘れてしまったのは、私への天罰なのだ。両親の愛情を疑い、甘えた根性で拗ねた上、勝手に自分から縁を切るような真似をした。母はずっと私のことを心配していた。親の愛情がいつまでも自分に向けられていると、思い込んでいた。苦すぎて飲み下せない後悔だ。  テレビを見ている母に、仲直りのつもりで茶菓子を持って声をかける。 「母さん、さっきはごめん」  すると、まるで何事もなかったように、母は微笑んで私を振り仰いだ。 「なぁに? お父さんてば急に」  母は傷つけられたことも、すぐに忘れてしまった。この傷の痛みを負うのは、これからは私一人だけなのだろう。それは仕方のないことなのだ。  昼下がりの公園で、隼也が遊具で遊ぶ姿を見守りつつ、気を抜くとフッと意識が遠のくふわふわした心地に身を任せていた。  実家に戻ってきて、まだ二週間も経たないが、私はすっかり慢性的な寝不足に悩まされるようになった。夜中に母を起こして用を足させるだけなのだが、母より先に寝てもいけないし、母より遅く起きてもいけない。  気を張り過ぎているのか、こうして隼也を遊ばせる為に公園のベンチに座って見守っている時が、一番気を抜いてしまう。  すぅっと気絶するようにいつの間にか目を閉じてしまっては、ハッとして顔を上げ、隼也を探す、を繰り返す。
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