第一章 鷹村 翔太

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 もしも、今後、母が今日のように家から抜け出して徘徊するようなら、何か対策を講じないといけない。明日、伊藤さんに電話をしてどうしたらいいか聞いてみようと思った。  部屋に閉じ込めてしまうことも出来る。しかし、そんなこと、倫理的にも論外だし、可哀想だ。体が健康なのが良いことなのか良くないことなのか、認知症の徘徊に関しては答えが出ない。  私はビールを飲み干して、燃えないゴミ用のゴミ箱に捨てた。  それにしても……。何故、隼也は空き家の前に母と一緒に立っていたのか。子供心に興味をそそられたのだろうか。  あんな気味の悪い家に、まさか入り込んだりしてないだろうか。明日の朝、もう一度強く空き家には行かないように言い聞かせるしかないのだろう。沙也加なら、どうしたろう。彼女の答えを知りたい。    翌朝、早速ケアマネージャーの伊藤さんに電話した。徘徊防止対策に、踏んだらブザーが鳴るシートを教えてもらった。母の介護度なら安くレンタルできるようだ。午後に介護用品のレンタル業者が持っていくと約束してくれて電話を切った。  隼也が残した朝ご飯を食べながら、母と他愛ない話をする。母はずっと昔話をしている。良い思い出ばかり残っていて良かった。母は日頃から不平不満を言わない人だった。ずっと我慢してきたわけではないのだろう。母にとって認知症は幸せを感じられる病気なのだろうか。  近親者が加害してくると思い込む場合もあるという。けれど、昨夜以降、母は熱心に隼也と私を見ては、「家族は仲良くしないといけないわよ」と言うようになった。
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