第一章 鷹村 翔太

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 そう言われて、実家に戻ってから一度も母を外に連れていってなかったことに気付いた。隼也のことばかり考えていたのが恥ずかしくなった。 「そうですね。今度、息子と一緒に母を公園に連れていこうと思います」  伊藤さんが不意に三善さんを振り向いて目を合わせた。目配せしてから、私に向き直る。 「そういえば、デイケアですけど、いろんなタイプのものがあって、佳子さんに合ったデイケアを選べると思うんですが」  伊藤さんが提案してくれた。  そばで床に正座している三善さんも頷いている。 「運動を中心に足腰などのリハビリをおこなうところや、絵を描いたり歌を歌ったりしておしゃべりを中心におこなっているところなどがありますよ」  母に合ったデイケアと言われても母がどんなことに興味を持っているか、愕然とするほど私は知らなかった。戸惑っている私を見て、伊藤さんが微笑んだ。 「今、ここで決めなくても大丈夫ですよ。佳子さんにも聞いてからにしましょうか」  デイケアの活動の種類を紙にまとめてみた。母が興味を持ってくれるといいがと、内心心配していると、三善さんが明るい表情で、ソファに座っている母に目を向ける。 「佳子さん、歌うのがお好きですよね」  話しかけられたことに気付いた母が、テレビから目を離して三善さんに視線を移した。 「そうね、お父さんとカラオケにも行ったわよ」 「何を歌われたんですか?」 「えー……いろいろ。楽しかったわねぇ」  歌のタイトルが言えないようだ。それに、父と母はカラオケに行ったことなどないはずだから、記憶が混濁しているのだろう。
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