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「少しお出かけして運動したりとか、歌を歌ったりとかしてみませんか?」
案外、三善さんはこずるいかもしれない。母を誘導しているように見える。
案の定、母は三善さんの提案に、「面白そうねぇ」と嬉しそうに呟いている。
「お父さんと行ったら楽しいでしょうねぇ」
そこで私も三善さんも困ってしまった。
私も同伴するとは言えないし、同伴が許されるかも分からない。ましてや隼也を置いていけない。
「母さん、父さんは一緒には行けないよ」
「あら、お父さん。歌うの好きじゃなかったかしら」
思い出す限り、父がカラオケに行ったという記憶はなかった。母の言葉に私は答えに窮してしまう。
「翔ちゃんも一緒に行けたら良いわよねぇ。家族みんなで行ったら楽しいわね」
三善さんが困ったように私を見つめた。
「母さん、一人で行くんだよ」
「あら……、それじゃあ、行かないわ。みんないっしょにいないと」
母は何を聞いてもずっと「みんないっしょにいないと」と言って聞かず、結局、今後どうするかは私が決めることになった。
隼也を連れて買い物に行った帰り道、息子は口には出さないけれど、視線をじっと空き家の門に向けて目を離さなかった。
その様子を見ていると、なんだかざわざわと胸が騒がしくなる。
隼也は何を見ているのか。隼也にとってそれは害意のあるものなのだろうか。
そんな考えが頭に浮かび、隼也の手を握る力が強くなる。
十歳の時の私は、あれが死ぬほど恐ろしかった。六歳の隼也はなんともないのだろうか。
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