001 処刑寸前の私

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001 処刑寸前の私

「さっさと来い!」  腕を引きずられながら、高貴な貴族令嬢が数名の兵士によって連行されている。さっきまで、煌びやかな夜会会場で羨望の眼差しを向けられていた筈なのに……。  婚約者である、この国の第一王子の一声で令嬢の運命は奈落の底へと落とされた。 「いやあああああああああ」  第一王子の婚約者だった、カロリーナ・ヴィンチェスターはありったけの声を出して抵抗する。しかし、兵士たちの力に敵うはずもなく、無理やり王宮の冷たい廊下を歩かされた。 「お前みたいな悪女は、死ぬしかないんだよ!」  柄の悪い兵士の一人が、カロリーナに辛辣な言葉をぶつける。彼女の頭の中は、抑えられないどす黒い感情がひしめき合い爆発寸前だった。そんなはずはない! このカロリーナが、あんな女に負けるなんて許される筈がない。絶対に何とかなるはずだ。 「あああああああああ」  カロリーナの頭の中で、何かが弾けて突然の激痛が走る。それと同時に、知らない記憶が頭の中で波のように駆けずり回った。  自分で立っていることができなくて、意識が飛びそうになるほどだったが歯を食いしばって耐える。今、意識を失くしてしまったら、次に目を覚ます頃にはきっともう生きてはいない。  そんな暴れ狂う女を、兵士たちは引きずって王宮の一室に連れて行った。兵士の男が扉を開けて、カロリーナを部屋の中に押し込む。そこには、この国の第二王子率いる王宮騎士団がいた。  カロリーナが、部屋に入るとすぐに騎士たちに取り囲まれ、一人の男に体を拘束され身動きが取れなくされた。  こんな状態でもカロリーナは、どうすれば助かるか必死で考えていた。不思議とさっきのカロリーナよりも随分と落ち着いている。  兵士たちに引きずられている間に、頭の中を駆け巡った記憶によってカロリーナという人格が大きく変化したのだ。  本来なら混乱する頭と極度の疲労で倒れそう。だけれど、自分の命がかかっている今、倒れている場合では無い。もう一度、必死に考える。どうせ死ぬなら足掻いてやれ!  カロリーナは、俯いていた顔をあげ自分に向かって剣を振りかざそうとしている騎士を睨みつけた。  「処刑しろと、罰を与えろとおっしゃるならば生かして下さい。殺して終わりでは勿体ない。生きて苦しむ方が人間は辛い」  カロリーナは必死で叫んだ。彼女を連れて来た兵士たちは、部屋の隅で彼女の変貌に驚く。先程、叫びながら抵抗していた女と態度が全く違ったからだ。  そして、部屋の奥でつまらなさそうにこの光景を見ていた一人の騎士が、コツっと足を一歩前に出した。  「ほおー、お嬢様が面白い。このまま、王子の命令に背いて家に返せと? 笑わせるな」  自分に向かって剣を振り上げる騎士を睨み上げていたカロリーナは、声のした方を見た。  驚くほど顔の整った男が、冷たい瞳でカロリーナを見ていた。その男の瞳は、金色に輝いている。自分はこの男を知っている。この国の王の隠された子供。王が気まぐれに手を出し、メイドが産んだ子供だった。  すでに、王妃との間に息子がいた王は、メイド(平民)との間に生まれた子供に関心を向けなかった。そればかりか、メイドに対しても興味を失い、側室として召し上げることもしなかったのだ。そんな酷い扱いを受けたメイドは、子供を産んだ後ひっそりと姿を消した。  そんな中、王宮の片隅で忘れ去られたように育てられた子供がこの男だった。名前を、アルベルト・フォン・テッドベリーと言う。  王族特有の金色の瞳を持ち、黒髪でいつも冷ややかな視線で誰も寄せ付けない雰囲気を醸している。  そんなアルベルトは、自分を鍛えぬき剣の腕一本で王宮騎士団のトップの位置についていた。  カロリーナは、その男にも怯むことなく鋭い視線で睨みつけた。  「誰が、家に帰せと? 生かしなさいと言っただけ」  カロリーナはそう言うと、拘束が緩まった隙をつき騎士の剣を抜き取った。そして徐に、自分の綺麗で真っ赤な髪を首元でぶった切る。  貴族の女性とは思えないほど、バラバラでガタガタの短い髪になってしまった。  「このドレスも宝石もいらない。なんなら顔でも体でも傷を付けてもらって構わない。そしたら、どこかに捨てて。今の自分の名前もいらない。ただの私になって、一人になったら自分で生きるか死ぬか選ぶから」  誰よりも整った顔で、誰よりも冷たい視線を送るアルベルトがフッと息を吐いた。  「面白い。侯爵家のお嬢様がそれで生きて行けるか見物だな」  そう言うか早いか、自分の帯刀していた剣を抜き、皆が気づいた時にはカロリーナの目の前に移動して剣を振りかざしていた。ポタッと床に液体が垂れる音がする。その場にいた全員が音のした方に視線を送る。  視線の先には、悲鳴も何も発することなく痛みに堪えているのかこの状況に堪えているのか、力強い目線を落とすことなく片頬にザックリと大きな傷をつけたカロリーナがそこにいた。  「悲鳴ぐらいあげるかと思ったが見事だ。よし。そこのお前、捨ててこい」  冷徹な目をしたアルベルトが、カロリーナを取り押さえている部下に向かって声をかけた。言われた騎士は、びっくりしている。  「私でしょうか?」  「そうだ。何度も言わせるな。さっさと行け」  冷めた目を向けるアルベルトは、首を振って出口を指し示した。  「はっ」  そう言って騎士は、カロリーナを立ち上がらせ慌ただしく部屋を出て行った。
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