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014 二人の常連客
二日目の今日も、昨日と同じように食べ終わったお皿の片づけと洗い物をしていた。食堂のホールに出ると、やはり注目のまとになる。
女将さん曰く、この店に若い女性が働くのは珍しいからだと言っていた。娘さんが働きに出るまでは、たまに手伝って貰っていたそうだがそれはもう何年も前の話。店を構えてからは、ほとんどの時間を旦那さんと二人で切り盛りしてきたのだそう。
このお店のお客さんは、男性客が多い。街で働く男性陣が昼食を食べに来ているのか、仕事の休憩時間を使って来店しているように感じた。そろそろ今日の昼の部は終わりかと思われた時間帯に、お店の扉がカランカランと開いた。
入ってきたのは、二名の男性客だった。店内はもうピークを過ぎていて、残っていたのはカウンターに座るお客とテーブル席の二組だけだ。
「いらっしゃい今日はだいぶ遅いね」
女将さんが、その男性客の二人に声をかける。
「こんにちは。今日は、昼に行こうとしたら捕まってしまって」
一人の男性が答えていた。キャロルは、ホールでお客が食べ終えた皿をお盆の上に片づけていたので女将さんたちの話が耳に入ってくる。するとその男性客が、キャロルに気づく。
「女将さん、彼女は? 新しく雇ったの?」
男性客は、テーブル席に座りながら意外そうな顔をしている。
「ああ。昨日からね」
女将さんは、男性客にそう言うとキャロルの方を見て呼んだ。
「キャロル。ちょっとこっち来て」
キャロルは、自分が呼ばれると思っていなかったので驚く。厨房に運び込もうと思っていたお盆を、テーブルに置いて女将さんの方に向かった。
女将さんの隣に立って、初めて男性客の二人を見る。二人は街の自警団の制服を着ていた。この国には、貴族地区の治安を守っている騎士団と平民地区の治安を守っている自警団がある。
二人の服装を見たキャロルは、一瞬焦ってしまう。もしかして、カロリーナを知っていたらどうしよう……。
「キャロルって言うんだ。何かあったら助けてやって欲しい。キャロルも覚えときな、ここら辺の担当をしているビルとヒューだよ。二人とも、頼りになるから」
女将さんが、キャロルを紹介してくれる。昨日と今日の二日間で、女将さんが自分をお客に紹介するのはこれが初めてだった。
少し身構えてしまったが、女将さんはキャロルを自分の身内のように扱い、見守るように頼んでくれた。昨日出会ったばかりの自分に、こんなによくしてくれるなんてと嬉しさが胸に沁みわたる。
さっきの不安が一瞬でどっかにいってしまう。考えてみれば、酷い悪女がいるというくらいの噂は出回っているかもしれないが、平民に自分の顔が知れ渡っている訳がなかった。
「キャロルと申します。よろしくお願いします」
キャロルは、二人に向かって頭を下げた。二人はキャロルの顔を見て一瞬驚いた顔をしたが、ほんの一瞬ですぐに普通の顔に戻っている。
だからその時も、キャロルは他のお客さんと同じように頬の傷に驚いているのだろうと思っていた。
「僕は、ビルだよ。こっちは、ヒュー。変な輩に絡まれたりしたらすぐに言ってね」
茶色い髪に青色の瞳をしたビルが、自己紹介してくれた。愛想がよくてニコニコしている。ちょっと軽そうなイメージをキャロルはもつ。ビルの向かいに座るヒューは、黒い髪で黒い瞳だった。黒い瞳というのは、テッドベリー国においていなくはないがとても珍しい。
ヒューを見てキャロルは、何処かで見たことがある気がした。だけどどこでみたのかは、全く思い出せない。気になって容貌を見ると、平民ではなかなかお目に掛かれないくらい綺麗な顔立ちをしている。それに、自警団に勤めているだけあって、逞しい体つきだ。
テーブルの上に置く手には、黒い石の指輪が嵌り腕に何かで切られたような傷跡がある。男の人で指輪だなんて珍しい。それに大きな傷跡を見ると、自分と同じだなと妙な仲間意識が湧く。
ついつい、じろじろ見てしまったキャロルだったが、ヒューからリアクションはない。
「女将さん、俺、いつのも日替わりで」
ヒューが、唐突に注文をした。
「おい、お前も一言なんかないのかよ」
ビルが、ヒューに突っ込んでいる。
「はいよ。日替わりね。ビルも同じでいいのかい?」
女将さんは慣れているのか、話を切り上げて注文に戻る。キャロルも、ペコリと頭を下げて自分の仕事に戻って行った。キャロルが去った後、ビルが話を戻す。
「ねえ、女将さん。あの子どうしたの? 中々色々ありそうだけど……」
ビルは、キャロルが去って行った方を見ている。
「あんたたちだから言うけど……。修道院からの紹介なんだよ。悪いけど、変な輩に絡まれないように気を付けといてくれるかい?」
女将さんは、声を潜めて話す。ビルは、何かを悟ったのかうんうん頷いている。ヒューは、これといった反応は示さない。ただ否定もせずに黙って聞いていた。
「そうなんだ……。俺らで見れる範囲は、気を付けとくよ」
女将さんは、その答えを聞くと満足したのか注文のメモをとってその場を後にした。
厨房に戻ったキャロルは、洗い物を続ける。先ほどのヒューという男性に引っかかる。絶対にどこかで見たことがある気がするのだが……。
だけど全く思い当たる節が無い。自分に平民の知り合いがいる訳がないし、そもそも自警団の人に出会ったのも今日が初めてのはず。
自分の気のせいなのか? と思いつつも何かとても引っかかるものがあり気持ち悪さを感じた。
食堂のお昼の時間が終わったので、女将さんに許可を取ってこの前の古着屋に向かった。夜からの時間に備えて、昼の片づけや夜の準備があったので少し気が引けたのだが……。女将さんに洋服のことを話すと、すんなり許可が出る。
若い娘が、あんな薄汚れた服一枚でいいはずがないと逆に怒られた。キャロルは、この前の古着屋に行こうと街をウロチョロしていた。
ランベス地区は結構広く、この前はたまたま見つけた店に入った訳でそこがどこだったのがよく覚えていない。適当に歩いていれば見つかるだろうと楽観視ししていたが、見つからないのならば仕方がない、この前の古着屋は諦めて他の服屋で我慢しようと歩き始めた時だった。
「おい。何やってるんだ」
さっき、挨拶したばかりのヒューがそこに立っていた。威圧的な声だったので、キャロルはびっくりしつつも返事をする。
「あの、実は古着屋を探してて……。どこだったか、全然覚えてなくて……」
キャロルは、しどろもどろだった。なぜだかわからないが、ヒューの威圧感が凄い。別に怒られている訳ではないのだが、気後れしてしまった。
「全く。場所もわからないで、適当に歩くな。何ていう古着屋だ?」
意外にもヒューが、キャロルの探している古着屋を訊ねてくる。教えてもらえるのかと喜ぶが、キャロルはハッとする。お店の名前を覚えていない。
こんなにすぐにまた行くことになると思っていなかったので、店名なんて気にしていなかったのだ。
「えっと、実はお店の名前を覚えていなくて……」
キャロルは、ヒューが怖くて小さな声になってしまう。
「は? それでどうやって探すつもりなんだよ」
ヒューが、手を腰に当てて呆れている。そのヒューの仕草に、さっきまで怯えていたはずなのに段々とイライラしてきた。
「この街に明るくないのだから、そんな頭ごなしに怒らなくていいじゃない」
キャロルは、イライラの感情のままに言い返してしまう。
「別に怒ってない。ったく、どんな店だったんだよ」
「だったら、もっと優しく話してくれたっていいじゃない。どっからどう見ても、怒っているみたいにしか見えないんだけれど!」
キャロルは、ヒューの態度が許せなくて感じたままに言い返してしまう。言ってから、これはカロリーナの感情だと気づく。このまま思ったことをぶつけていたら、エスカレートしてしまう。
(落ち着け自分)
ヒューは、つんけんしているキャロルを見つつ溜息をついている。
「はぁー俺にどうしろって言うんだ……」
ヒューは呆れながら、頭に手を当てて困ったように独り言ちる。それ以上言い返してこないヒューに、声を荒げてしまった自分も大人げなかったと反省する。
キャロルは考える。何か目印になるようなものはなかったかと……。
「比較的、王宮から近い場所だったと思うの。貴族が着るドレスを買い取ってくれるような古着屋だった」
キャロルは、今度は冷静に考え考えいった。面倒を見てくれた兵士の家から、そう遠くない場所だったはず。ということは、勤め先が王宮ならそこから遠くない場所に住んでいるだろうと思ったのだ。
ヒューは、キャロルの言葉を聞いて考え出した。
「王宮から近いか……。当てはまる店があるが、それだとここから遠いぞ? 歩くと一時間以上かかる」
ヒューがそう教えてくれる。土地勘がまだないキャロルは、思っていたよりもランベスは王宮から離れていることを知る。歩きで一時間以上かかる所ならと諦める。できるだけ早くお店に戻って、仕事を手伝いたかったのだ。
「そうですか……。そのお店は諦めます。ありがとうございました」
キャロルは、そう言って頭を下げた。ヒューの前から去ろうと一歩足を踏み出す。
「おい、他に店を知っているのか?」
ヒューに呼び止められる。
「えっと、知らないので適当に見つけたお店に入ろうかと……」
キャロルがそういうと、ヒューが盛大にはぁーと大きな溜息をついた。
「知らないなら、聞けばいいだろうが! こっちだ、ついて来い!」
ヒューが、歩き出したのでキャロルは黙って後ろをついていく。最初に会った時も今も、愛想なんてないししゃべり方もぶっきらぼうで怖い。だから、気軽に話しかけられる雰囲気なんて全くない。わざわざ店を教えてくれるなんて思わなかったから聞かなかったのだけど……。
(自警団に入るくらいだし、もしかしたらいい人なのかしら?)
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