015 不器用な優しさ

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015 不器用な優しさ

 ヒューがどんな人なのかいまいち図りかねる。偶々会っただけで、本当は迷惑だと思っているのなら遠慮したいところなのだが……。ヒューが、スタスタと歩いて行ってしまうので後を付いて行くのがやっと。しかも、街の人の往来も激しいので油断するとはぐれてしまいそう。こんな状態で、わざわざ引き留めて案内を断るなんて印象も悪い。必死について行ったキャロルだったが、彼女の前を大柄の男が横切ったせいでヒューの背中が見えなくなってしまう。 (はぁーやっぱり見失った……)  キャロルは、一度止まって考える。案内してくれるのは嬉しいけれど、女性の歩調に合わせもしないでどんどん行ってしまうなんて気の利かない人だ。道を教えてもらっているのは自分だし、はぐれてしまったのも自分が悪いのだから仕方ないけれど……イライラが募る。教える気があるのなら、あの雑な態度を何とかして欲しい。  ――――今日は諦めて、一度店に戻ろうかと考えていたその時だった。 「おい! 突然、いなくなるな」  ヒューが、戻って来てくれたが怒っている。 「だってあなた、どんどん一人で行ってしまうんですもの。女性が追い付くはずないじゃない!」  キャロルは、ヒューの態度が気に入らなくて言い返す。 「はぁー。もう、めんどくせえな」 「面倒くさいなら、案内なんてしなくていいわよ。私、頼んでないんだけど!」  ヒューは、心底面倒臭そうな顔をして雑に頭をかきむしる。キャロルは、悪かったわねと心の中で悪態をつく。この人自分勝手すぎじゃない?  「行くぞ」  ヒューが、突然キャロルの手を取って歩き出す。今度は、さっきよりもゆっくり歩いてくれているみたいだ。 「ちょっと、手……」 「こうしないと、また迷子になるだろ!」  突然、握られた手はキャロルのそれよりも数段大きくがっしりとしている。男の人にエスコートされた記憶はカロリーナの中にたくさんあるけれど、こんな風にぶっきらぼうに手を握られて街を歩いたことなんてない。こんな風に子供みたいに手を引かれて歩くなんて、なんだが恥ずかしい。  文句の一つも言ってやりたい気持ちも心の片隅にあるが、キャロルが言ったことを真に受けてちゃんと歩く速さを調節してくれていることにちょっとの嬉しさもあった。  ついていった先に、外観がお洒落でウィンドウに可愛い洋服が飾られている店があった。キャロルもつい覗いてみたくなるような店だった。 「この店なら、この街で人気のある古着屋だから何かしらあるだろ。帰りは、ちゃんと帰れるだろうな?」  ヒューが、キャロルをじとっと見て言う。なんでこんなに高圧的な物言いをするのだろう……。さっきのでちょっと見直したのに、本当に残念な男性だ。 「おい、ちゃんと聞いているのか?」  キャロルが、答えずにいるとヒューが堪えられずに重ねて問う。 「ありがとうございました。帰りは大丈夫です!」  キャロルは、「帰りも不安です」とは意地でも言いたくなかった。本当は、帰り道がわからない。だって、ただただ手を引いて連れてこられただけで、周りの景色を見ている暇もなかったし一回でなんて覚えられない。だけど、それを言ったら負けたみたいでヒューに言いたくなかった。だってきっと、また呆れて溜息を吐かれる。  キャロルは、お礼だけ言ってクルリと踵を返すと店の中に入っていった。ヒューの表情も確認しなかったので、彼がどうしたのかはわからなかった。  気持ちを切り替えてキャロルは、店内を見回す。店の中は思ったよりも広くて、お客さんも結構入っていた。若い女性客が多いようだ。  キャロルは、目に止まった服を順番に見ていく。入口に入ってすぐの場所に、若い女性向けの洋服が並べられていた。綺麗な商品が多くちょっと高い価格設定だ。  奥に行くにしたがって、だんだん安くなっていた。キャロルは、真ん中ぐらいの価格帯のものを選ぶ。安すぎるとまたこの前と同じ品質になってしまうので、それは避ける。綺麗で可愛い服にも目は惹かれたが、自分は贅沢できる立場ではないと思い出して我慢だ。  結局、ちょっと使用感はあるが普通に着るぶんには問題ない服を三セットほど選んだ。これだけあれば、女将さんからもらったワンピースもあるし着まわしていけそうだ。  この店に来るまでに時間がかかってしまったので、急いでお会計を済ませる。今日持って来ていた予算内で、買い物をすることができて良かった。  ヒューに対してここに連れて来てもらったことに感謝するが、今後は必要最低限の付合いでとどめたい。昔の自分を棚に上げてと言われてしまいそうだが、あの強引で自分勝手な感じがどうも好きになれない。店を出ると、まずは場所を確認した。ここは一体どこら辺なのだろう? キャロルは、回りを見てこの場所に心当たりがないか記憶を辿る。  だけどいくら考えてみても、全くここがどこだかわからない。仕方ないので誰かに道を尋ねることにした。帰りは、店の名前がわかるので誰かに聞ける。そう思って、道を聞けそうな人はいないかなとキョロキョロと見回していた。 「あれー、キャロルちゃんじゃないの?」  キャロルが後ろを振り返ると、今度はビルがこちらに向かって歩いている。ヒューも一緒か? と身構えたがどうやらビル一人らしかった。 「こんにちは」  キャロルは、とりあえず挨拶をする。道を聞こうかどうしようか迷っていると、ビルの方から聞いてきてくれた。 「どうしたの? 何か探しているみたいだったけど」  ビルが、心配そうな顔をする。 「えっと、あの……。実は、食堂サティオに帰る道がわからなくて……」  キャロルは、正直に迷子だと告げる。言ってからとても恥ずかしくなってくる。いい歳して迷子だなんて恥ずかしい……。 「そっか。なら、送って行くよ。こっちだよ」  ビルは、嫌そうな顔もせず笑顔でしゃべってくれる。その笑顔にキャロルは救われる。この愛想の一割でもヒューにあれば全く違うのに……。比べるものではないのはわかるけれど、ヒューとビルをついつい比べてしまう。 「ありがとうございます。助かりました」  キャロルは、深々と頭を下げてお礼を言った。自然と笑顔も零れる。 「あ、うん。そんなの当たり前のことだよ」  ビルは、ちょっと顔を赤くしてキャロルから視線を逸らす。不意打ちに零れた笑顔が、余りに可愛くて驚いてしまったのだ。今までのキャロルは、どちらかと言うと表情に乏しくて淡々としていたから。こんな表情もできるのかと意外だった。  ビルは、ゆっくりと歩きだす。この街にまだ慣れていないキャロルに、丁寧に道を教えてくれる。この場所は、この街の中でも若者向けの商店が立ち並ぶ区画らしい。  そう言われると確かに、古着屋やアクセサリー店、雑貨屋や本屋など若者向けのお店が並んでいた。  キャロルがお世話になっているサティオは、食べ物屋が多くある通りなのだそう。ここからだと、ツーブロックほど行った所だと教えてくれる。今度は、道を覚えなくてはとキャロルはビルの説明をしっかりと聞きながら歩いていた。  ビルは、キャロルの歩調に合わせて歩いてくれるのでとても安心する。話し方も丁寧で、気まずくならないようにかずっと話かけてくれる。人懐っこくて、話しやすい人で助かるなとビルの横顔を見ながら感心していた。すると、やけに視線を感じる。どうしてだろうと周りを見ると、若い女の子たちがキャロルを睨みつけている。一体私が何をした? と思ったら三人組の女の子たちがこちらに向かって歩いてくる。 「ビルさん、こんにちはー」  可愛く着飾った女の子たちは、ビルに笑顔で挨拶している。 「やあ、こんにちは。今日は、みんなでお買い物かな?」  そんな女の子たちに、ビルも笑顔で対応する。 「はい。三人でお揃いのアクセサリーを買おうって買い物に来たんです。ビルさんは、デートですか?」  真ん中の子が、これでもかとにっこり笑顔でそう言った。キャロルは、その子を見て自分に対する牽制を感じた。久しぶりに感じる女性の刺々しい視線。  ビルを見る目はとても嬉しそうなのに、カロリーナを見る目は笑っていない。これは、ビルのファンなのだと気づく。もしかしたら、さっきの嫌な視線も全部ビルのファンの子たちなのかもしれない。 「違うよー。職務中にデートはないよ。道案内だよ。じゃーまたね」  そう言って女の子たちに手を挙げると、ビルは歩き出す。キャロルも、そのまま通り過ぎるつもりだったのに抑え込んでいたカロリーナの気の強さが表に出てしまう。  ビルに話かけた少女にだけわかるように、ふっと挑戦的な笑みを送り歩き出す。  キャロルの後ろからは、女の子三人の声が聞こえた。「やっぱり」「ただの仕事だって」と言う声とは別に、「ちょっと何あの女! 見た? 今の顔!」とヒステリックに言う声が聞こえた。  キャロルは、ふふふと心の中で笑ってしまう。そんな自分に驚いてしまうのだが、時が経つにつれて悪女であるカロリーナが自分の中で馴染んできている。性格が悪くなっている感は否めないのだが、カロリーナも自分の一部だと認めていた。  ビルの彼女だと勘繰られてちょっと揶揄ってしまったが、そんな風に見えるものなのかと横を歩くビルの顔をまじまじと見る。  確かに、優しそうな恰好いいお兄さんではある。年は、多分二十代前半ぐらいだろうか? 実際にとても優しいし、気が利くししゃべりも上手だし、年頃の女の子たちに人気なのも分かる。  揶揄ってしまった手前もう遅いかもしれないけれど、嫉妬されないように気を付けなくては。久しぶりの女子同士のカースト争いに、カロリーナの素が出てしまい挑発してしまったが……。よく考えたら、余計な火種を作っている場合ではないと反省する。 「そんなに、顔を見られると照れるよ」  ビルが、カロリーナの視線に耐えかねて言う。 「あっ、ごめんなさい。ビルさんって人気があるんだと思って」  キャロルは、じろじろ見すぎてしまったことを反省しながら正直に思っていたことを言う。 「そんなことないよ。職務的に顔見知りが多いだけだよ」  ビルはそう言うが、絶対に謙遜だ。あの女の子たちが、キャロルを彼女と間違えるぐらいだから、まだビルに彼女はいないのだろうか? だけど、それはなんだか有り得ない気がする。  こんなに良い人なのだ、きっとすでに素敵な彼女がいるのだろうと勝手に推測する。その後も、ビルに道を教えてもらいながら進んだ。道を曲がったところで見覚えのある通りに出る。初めてサティオに向かっていた時に歩いた大通りだった。目印の時計も見える。 「ビルさん、ありがとうございました。もうここからならわかります」  キャロルは、一度止まってビルにお礼を言った。ビルも止まって振り返る。 「良かった。少しは、道も覚えたかな?」  ビルは、爽やかな笑顔を零してそう言った。 「はい。丁寧にビルさんが教えてくれたから、大丈夫です。古着屋さんの場所も覚えました」  キャロルは、嬉しそうに笑顔で返答した。言葉通り、本当に道を覚えられた。一人だったら、こんなにすぐに戻って来られなかった。 「また、わからなくなったら、この制服を着ているやつに声をかけるんだよ」  ビルが、自警団の制服を指さしてそう言う。 「もう、私だって小さな子供じゃないんですよ? そんなに心配しないで」  キャロルは、腕を組んでちょっぴり面白くなさそうだ。 「ごめんごめん。何となく、キャロルちゃんほっとけなくて。ヒューもそうだっただろ? ヒューに言われてあそこに行ったんだから」  ビルが、びっくりすることを言う。 「えっ、ヒューさんがですか?」  キャロルは、まさかヒューがビルをよこしてくれただなんて思わなかった。あんなに呆れていたのに……。自分勝手で横柄なやつと言う印象が、実は不器用で親切なのだと上書きされた。 「あいつ、ぶっきらぼうで雑だけど根はいい奴だから。じゃーね」  そう言って、ビルはキャロルとは反対方向に歩いて行ってしまう。 「ありがとうございました」  キャロルは、ビルの背に声をかける。ビルは、手を挙げるだけでそのまま行ってしまった。それを見送ったキャロルも急いでお店へと帰って行った。  
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