003 古着屋に向かう

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003 古着屋に向かう

 騎士の家を出たカロリーナは、着ていたドレスを手放すことにした。彼らが住んでいた場所は、そこまで治安の悪い地区ではなかったがドレスを着ていたら目立つ。なぜなら、貴族たちが暮らす地区ではなく平民よりの区域だったから。  それに、自分にはもう必要のないものだ。傷を治すことよりも、カロリーナの優先順位はお金を手にすることが先だった。  街をきょろきょろと見回しながら古着屋を探して歩く。すると、案外簡単に古着屋を発見し一安心する。躊躇することなく店に入ると、すぐに店員が寄ってきた。 「お客様、何かお探しですか?」  年若い女性定員は、カロリーナを見て戸惑いの表情を向けていた。平民が出入りするような店に、場違いなドレスを着たカロリーナの姿を見て不思議に思っているようだった。 「今、私が着ているドレスだけれど、このお店で売れるかしら?」  カロリーナは、自分のドレスを指し示しながら言った。 「はい。勿論ですが……。高級店よりもお安くなってしまうと思いますが、大丈夫でしょうか?」  女性店員は、後でトラブルになるのが怖いのか正直に答えた。カロリーナは、元々そんなに高く買い取って貰えると思っていなかったので承諾する。  自分で要求したとはいえ、身一つで放り出されてしまったのだ、少しでもいいからまずはお金を手にしたかった。 「もちろんよ。買い取ってくれるだけ有難いもの。それで、申し訳ないのだけれど、これを売ったお金で着て帰る服も買っていきたいのだけれど、いいかしら?」  カロリーナは、前世で着ていたような動きやすい服装に着替えたかった。自分が貴族社会に戻れるとも思わない。だから早く、平民たちに馴染んでしまうつもりだった。 「あ、はい。大丈夫です。では、先に買っていかれる洋服を選びますか?」  こんなことを言う客が珍しいのか、店員は少し驚いているようだった。 「ええ、お願いするわ。どの辺りの服なら買っていけるかしら?」  カロリーナは、このドレスを一体いくらくらいで買い取ってくれるのか全く予想できない。 「大抵の服は購入できると思います。好きなものを選んで大丈夫です」  女性店員がそう言ってくれたので、カロリーナは近くにあったラックから服を見始める。今の時期は、春を過ぎ青葉が生い茂る初夏の始まりで日中は暖かく半袖で十分だった。  寒い季節じゃなくて良かったと素直に思う。カロリーナは、ざっと店内の服を見て、継ぎはぎだらけの半袖のワンピースと、ボロボロのズボン、薄手の長袖で無地のTシャツを選ぶ。靴や鞄もあったので、くたびれたブーツと赤いポシェットを選んだ。  どれも自分に合うサイズの中で一番安いものにした。唯一、ポシェットだけはちょっと可愛いなと思った物を手にとった。  店員の所に持って行って、総額を計算して貰う。ドレスを売った金額なら余裕で買えますと太鼓判を押されたので、早速試着室に案内してもらう。試着室の中に入って鏡を目にしたカロリーヌは、初めて自分の容姿を確認した。  眉毛が濃く顔立ちがはっきりとしていて、目力が強く見るからに気が強そう。真っすぐな赤い髪は肩につくくらいのガタガタだったが、鼻筋がスッと通っていてどこから見ても美人な女性だった。 「これが、わたし……。物凄い美人だな……」  カロリーナは、鏡に映る自分を見てどこか他人のように感じてしまう。前世の人格が大半を占めている今は、地味だった自分と比べてしまい夢を見ている感覚だった。 「あっ、凄いネックレスも付けてた。よく考えると、結構な額の宝石もつけてるんじゃ……」  王宮主催の夜会に出席していただけあって、ドレスだけでなくネックレスやイヤリングなど金目の物を結構身に着けている。ドレスと一緒に宝石も換金してしまおうかと考えるが、やっぱり駄目だと考え直す。  どう考えても、身に着けている宝石が高価すぎるのだ。もし換金したら、ただの平民が持ってるには怖い額になってしまう。カロリーナは、身に着けていた宝石を全部外してさっき見つけたポシェットに全部しまい込む。換金するなら、生活の基盤を作ってからだ。 「お客様、お着換えは終わりましたでしょうか?」  試着室の外から声がかかる。 「あっ、すみません。もう少し待って下さい」  カロリーナは、急いでドレスから灰色のボロボロのワンピースに着替えた。試着室から出ると、待ち構えていた店員にドレスを手渡す。すると、ここの店主に査定をして貰うのだと言って店舗の奥に行ってしまう。  少し時間がかかりそうだったので、カロリーナは店内の服をもう一度見て回ることにした。さっきは、値段ばかり見てデザインはあまり気にしていなかったのだが、よく見ると結構可愛い服が置いてある。生活が落ち着いて、余裕が出たら可愛い服も買いに来たい。 「お待たせ致しました」  店の奥から、先ほどの女性店員が出てくる。カロリーナが声の方を向くと、この店の主人なのか、さっきはいなかった男性も一緒だった。女性店員が、カロリーナに一枚の紙きれを見せる。 「こちらの金額になりますが、宜しいでしょうか?」  カロリーナは、紙に書かれた金額を見る。悪女だったカロリーナの知識が、自分の中にあるのでこの世界のお金の価値もきちんと理解している。  自分が思っていたよりもずっと高い金額が紙には書かれていた。 「こんなに高く買い取って頂けるのですか?」  カロリーナは、ビックリして声まで大きくなってしまった。 「擦れて汚れている部分もありましたが、装飾が素晴らしいのは勿論ですが使われているレースがまた高級品でして……。使い道が沢山あるんです」  女性店員の代わりに、横に立つ男性がにこにこしながら教えてくれた。お店が損をする訳ではなさそうなので、カロリーナにとってみたら大歓迎である。 「とても、助かります。この金額でよろしくお願いします」  そうカロリーナが口にすると、自分の中で何とも言えない不快感が漂う。提示された金額を、面白く思っていないようなそんな感覚。「ちょっと待って下さい」と言いたい衝動を何とか抑えてさっさと会計をしてもらう。  カロリーナは、お金を用意してくれた女性店員からそれを受け取るとそそくさと店を後にした。店を出て、大きく息を吐いて自分を落ち着かせる。何度も繰り返して、ようやっと落ち着いてくる。  あの怒りの衝動は、きっと以前のカロリーナが怒っていたのだと思う。ちゃんと交渉すれば、もっと高い値段でドレスを買い取って貰えたのかもしれない。  でも、今のカロリーナにはこれ以上のお金は不相応に感じる。こんなボロボロの服を着た子が、大きなお金を持っているべきではないと自分に言い聞かせた。  ずっと真面目に堅実的に生きて来た前世の自分と、昨日までのカロリーナがぶつかり合って気持ちのコントロールが難しい。だけど、こんな状況になってしまったからには、もう昨日のカロリーナではいられない。それをしっかり心に刻んで歩き出す。  目指すは、修道院だ。  古着屋を探している時は、通行人の視線が気になったが今はすっかり街に溶け込んでいる。真っ赤な髪色が目立ちはするがドレス姿だった時に比べたらマシだ。  さっき、着替え終わった鏡を見たらもう一度驚いた。ボロボロのワンピースを着て、ガタガタな短い髪でも充分美しい女の子だったから。  こんなに美人なら、どこででもそれなりに暮らしていけるのでは? と楽観的なことを思ってしまうほど。でもそれはきっと、前世の自分の物差しだからそう感じるだけで、元のカロリーナはさぞ怒っているだろう。でも繰り返しになってしまうが、こうなってしまったら仕方ないのだと頭を切り替えて修道院を探す。  探しながら段々と、修道院が自分を迎え入れてくれるのか不安になってくる。どんな人にでも、困っていれば手を差し伸べるのが修道院だと自分の知識としてはある。だけど、悪女で有名な自分までも受け入れてくれるのだろうか?   そう思ったら怖くなって、修道院では偽名を使おうと思いつく。むしろ第二王子に、ただの私になって生きて行くと宣言したのだから、名前なんて捨てた方がいい。偽名は、何が良いだろうか? と新たな問題が生まれた。
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