泥棒の名はサンタ

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泥棒の名はサンタ

55eb6cd3-da58-42a9-9218-1d286a6dbccf  (れい)()が今いるのは、煌びやかな街からはずれた住宅街の一角。そこから、幸せの代名詞ともいえる、満面の笑みで寄り添いあった恋人か夫婦らしき男女がアパートの二階のドアからでてきた。玲司の、熱を増した嗜虐心を満たすのに相応しい人種だ。  その後ろ姿をそこそこの時間見送ると、早速二階に駆け上がり、そのドアへとむかいあう。ドアノブ、その周辺、鍵穴からは、高い防犯意識など微塵も感じさせない。泥棒や空き巣なんてしょせん他人事。そんな無関心さがひしひしと玲司には伝わってくる。  ピッキングは、ものの一分とかからず終了した。ドアを開ける。  途端に、足音。 「サンタさんっ?」  玲司の目の前にかけよってきた少年は、どこか幼いころの玲司をおもわせる、天然パーマに乱れた髪型。  そういえば、今夜はクリスマスイブだったか。随分長い間、他人にプレゼントを送る行為などとは無縁。むしろ真逆の生活を送っていたから、サンタクロースだなんて、今の玲司とは対局の存在のことなど、まるっきり頭になかった。  それにしても、一般的にはこれくらいの子どもにとって、一年で最も楽しみな日のひとつに、何故この少年は、アパートの部屋のなか、ひとりきりでいるのか。先ほど後ろ姿を見送った男女はこの少年の両親だろうか。  クリスマスなどという幸せな季節には煽られ、下見数回した程度で、感情的に泥棒など、するべきではなかった。  騒がれることは、絶対に避けなければならない。  かといって少年に押し入る姿も顔も見られ、このまま黙って退散するわけにもいかない。玲司はまず少年の口を片手でふさぎにかかる。 「泥棒さん」  唐突に、そんな言葉が少年の口から飛び出した。おもわず、あ? とこちらが先に顔を歪めてしまった。 「だっておじさん、ここ最近何度か、このアパートの周りを通ったり遠くから見ていたりしていたよね」  この俺が、気づかれていた?  こんな子どもに?  混乱する玲司など置いてけぼりにして、少年は続ける。 「おじさんが本当に泥棒さんなら、通帳の場所もその暗証番号も、教えてあげてもいいよ。あいつらにとっても詐欺で儲けた後ろ暗いお金だろうから、警察になんて通報できないだろうし」  詐欺? 後ろ暗い金?  さっきからなに言ってんだこのガキは。 「ちなみに、さっきこのアパートから出ていったのは僕の両親じゃないよ。僕はあいつらのカムフラージュ的役割の子ども、っていうか。まさか子連れの詐欺師がいるだなんて、誰も想像しないでしょ?」  おもわず頭を抱えた。なんかとんでもないところへ、盗みに押し入ってしまったようだ。  ここはとっとと退散した方が身のためか。下手にこの件に深入りして、痛い腹を探られるのも面倒だった。 「泥棒さん」  玲司が回れ右をするのと同時に、少年が玲司の前へ立ちはだかり、いつのまにか手には通帳らしきものが握られていた。 「今日のことは誰にも言わない。この通帳もあげる。そのかわり」  少年は何故か、笑顔だった。 「僕も一緒に盗んでよ。サンタのふりした泥棒さん」
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