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辺りは時折り、行き交う車の走行音がしていた。それとは別に、頭の中では静寂が支配していたと言うべきなのか…。
1人の時間の過ごし方がいつまで経っても思いつかない。
1人テーブルに佇み、何を思う訳でもない。
右手の薬指の指輪を触る。その指輪に何か想いがあるには違いない。
飲みかけのコーヒー、口に少し含んではソーサーにそっと置いた。
彼女は壁に掲げられていたA4ほどの大きさの写真に気がつき、視線を向けた。それは、彼女自身の…不意に撮影された写真。
『この自然な感じの表情がたまらないんだ…。』
彼が気に入っていたモノクロに現像された自身の写真。
左腕に巻かれたオメガの腕時計を見て時間を確認した時だった。
かすかに聞こえる靴音に彼女は全神経を集中した。
次第に大きくなる靴音…その靴音のタイミングは今は90%の確率で彼の音だと感じる。
更に靴音大きくなり、彼女の待つ部屋で止まった。
確信した。
この瞬間が1番緊張する。しかし、その緊張は心地の良いものだ。
インターホンが鳴る。彼に間違いない。小走りでドアのロックを外し、今までとは違う1番素敵な笑顔でゆっくりと開けた。
彼もその笑顔に応える様に笑顔で受け入れる。
込み上げる想い…逢えた喜び…それらに感情達にただ、立ち尽くす事しかできない。
「…ただいま。」
その笑顔とその声に一気に感情は最高潮に達した。
「おかえりなさい…。」
彼のブリーフケースを左手で受け取ると、右手で彼の手をとり、部屋の中へと招き入れた。
彼女が先程まで座っていた椅子にブリーフケースを置くと、背後から抱き締められた。
「逢いたかったよ…映美。」
その言葉も抱き締められた感触も堪らなく愛おしい。
「…うん。私もだよ。」
更に強く抱き締められる力が伝わる。それは伝わる力が愛情に比例すると信じていた。
誰にも理解されなくて良い…私がこうして感じているのなら…。
彼からの力を少し緩め、彼女自身が彼の顔を見上げる。
見つめ合う。自身の高鳴る鼓動を我慢出来なくなっている。2人は唇を重ねた。
この瞬間だけは、彼をを独り占め出来る。当たり前の様に、彼の頭に両手を回した。
私に優しい場所が…ここにあるんだ。
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