6 レイファスという男

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「突然のお越し、いたみいります。リチャード第二王子殿下」  突然訪れた乱入者は、シルフィリアの言葉に、にたりと口の端をゆがめる。  光を散らすようなシルバーブロンドの毛並み、長い口吻に、鋭く細いダークブルーの瞳は、獲物を目の前にした悦びにギラついている。  狐を体現したようなその姿は、間違いなく、この国の第二王子のものであった。  自身の二倍はある巨体。  何気なくその爪で周囲を薙ぐだけで、いくつもの命を簡単に摘み取ることができるのだろう、凶器。  しかし、レイファスよりも小さなそれに、シルフィリアは己を奮い立たせ、どのようにするべきか、微笑みの奥で必死に対策を練る。  高貴で無礼な来訪者は、震えることのない金髪の亡国の王女の姿を舐めるように見た後、満足そうに口を開いた。 「ほほう。弟のなぶり者、金色の奴隷姫は、俺の名前を知っているか」 「太陽の昇る国、偉大なるラグナ王国が第二王子殿下の御名前を存じあげぬことなどありましょうか」 「ふん。少しは分をわきまえているらしいな」 「光栄にございます」  シルフィリアが頭を下げると、その美しく長い金糸が、さらりと肩から垂れ、豊かな胸元へとしどけなく落ちる。  そのさりげない仕草が、獣を、男をこよなく魅了するものであることを、この美しき奴隷姫は知らないのだ。  無垢な乙女のような顔をした弟の寵姫。  においたつような色気、透きとおる凛とした美しさに、リチャードは舌なめずりをする。 「お前、常に弟の傍に居るらしいな」 「はい」 「それが逆に怪しい」  息を呑むことはしなかったものの、軽く目を見開いた金髪の寵姫に、リチャードはほくそ笑む。  欲しかった手ごたえを得たと言わんばかりに、軽快な動きで彼女の間近に近づき、その顎に手を添え、美しい顔がよく見えるよう、無理やり上を向かせる。 「どうやら、隠し事があるようだな」 「……いえ」 「素直に『違う』と言えばいい」 「違う?」 「俺の方があんな堅物よりも愉しませてやる」  ようやく狐の意図を察した緋色の奴隷姫は、身を離そうと体を引くも、顎に添えられた狐の手に首をつかまれ、動くことができない。  ならばと、身を引くことを止めたシルフィリアは、その首にあてられた獣の手に己の手を添え、間近に近寄る獣の顔を、上目遣いにゆっくりと見上げた。  長いまつ毛に彩られた緋色の瞳がゆったりと姿を現し、薄く開かれた桜色の唇が、男を誘う。  リチャードはごくりと唾を飲み、シルフィリアはそれを受け入れるかのように、ほのかに笑みを浮かべた。 「僭越ながら、リチャード殿下」 「なんだ。俺のものになる気になったか」 「矮小なる身ながら、申し上げましてもよろしいでしょうか」  吐息の振れそうな距離、今にも牙で食らいつかんばかりの獣に対して、悠然と顔を上げている美麗なる姫に、狐の王子は愉快そうに嗤った。 「いいだろう。言ってみろ、亡きシグネリア王国の最期の姫君よ」  獣の姿を解くことなく、ぐるぐると喉を鳴らしながら彼女の言葉を待っている第二王子を、シルフィリアは冷えた瞳で見据えながら、薄く淡い桜色に艶めく唇を開いた。 「人族である私にはわかりませんが……私はその、とても強く、弟君の香りをまとっているのではありませんか?」  それなのに、仲を疑われるとは思わなかった。  シルフィリアが『違う』と言いさえすれば、問題がないのか。  それほどの何かを、自分に見出しているというのか。  無粋な疑問を湛えた緋色の瞳に見上げられて、リチャードはカッと頭に血を登らせる。 「この、生意気な……っ!」 「――珍しい来客も居たものです」  リチャードが牙を剥き、今にもシルフィリアの細い首をかみちぎらんとしたその瞬間、部屋の中に聞きなれた声が響いた。  室内の空気を凍らせたそれは、もちろん、レイファス第四王子のものである。  赤く燃え上がるような髪をした、端正な顔立ちの青年は、腕を組み、開いた扉の端にもたれかかったまま、冷えた青い瞳でリチャードとシルフィリアを眺めている。
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