6 レイファスという男

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 その後も、シルフィリアとレイファスの関係が変わることはなかった。  使用人達も、侍女のアリア以外は、彼女に近づくことはほとんどない。  レイファスは常に彼女の近くに居るけれども、無口な彼が自らシルフィリアに話かけることは皆無に等しい。  孤独と、恨みと、恨みではない何か不思議な気持ちにさいなまれるシルフィリアは、ただひたすら、レイファスを見ていた。  ラグナ王国の君主の子、シグネリア王国を滅ぼし、暴虐の狼王子と呼ばれる彼が何を求めているのか見極めるために、ずっと見守っていた。  それくらいしか、今のシルフィリアにできることはなかったから。 「陛下が次の戦をご所望です」 「ならぬ」  レイファスの執務室にて、彼の前にいるのはラグナ王国の宰相であった。 「先だっての戦から、日が経っておらぬ。戦士達の傷が癒えてからだ」 「兵団からも、戦を待ち望むとの注進書が上がってきております」 「そのようなもの、少数の声でいくらでも作れよう。民草の気持ちは別の所にある」  つまらなさそうな顔をして、レイファスはその書面を一蹴する。 「戦の後は、冷却期間を置かねばならぬ。この時期に兵力を蓄え、女子供に戦士達の偉業を知らしめ、国としての力を上げるのだ。そのように陛下にも伝えているはずだ」 「私からもそのように申し上げましたが、陛下は納得されないのです」 「少しは自分で対応しろ。私にばかり頼るな」 「……はい」  宰相は頭を下げると、執務室を出ていった。  シルフィリアはレイファスをしばし見つめていたが、レイファスは彼女を居ないものとして扱うので、しばらくした後、それとなく目線を逸らす。  レイファスは意外にも、戦に消極的であった。  ラグナ王国との戦といえば、第四王子レイファスの名を避けることはできない。  数寄者と評される狼王子は、戦場を駆ける炎でありながら、冷静な作戦立案を行う知者でもあり、彼が参加する戦は矢のような早さで終結するのだ。  その結末はもちろん、ラグナ王国の圧勝である。  その存在への恐怖から、人の心を持たないと誹謗されてきたかの有名な暴虐王子。  しかし、近くにいると驚くほどに理性的であった。  今回は時期尚早であることを理由に戦を止めていたが、動かせる兵力が足りない、将が少ない、実効性が低いなどの理由により反対することもある。  ――すべて理由あってのこと。  では何故、この男はシルフィリアの国を滅ぼしたのだろうか。  希少な民族だから、コレクションに加えようとした?  それとも、緋色の一族が持つ、目覚める保証のない、治癒の力のため……?  -◇-◆-◇-◆- 「――う、……」  夜中、シルフィリアは、隣から聞こえる小さな声に、目を覚ます。  起き上がると、隣の男が苦しそうな顔で呻いていた。  毎夜のことなので、もはや何の驚きもなくシルフィリアはその様子を見つめる。  レイファス第四王子は、就寝すると、必ず悪夢にうなされているようだった。  そして、これ程苦しそうにしているにも関わらず、決して大声を上げることはない。  実は、レイファスはシルフィリアをほぼ毎日寝室に上げているものの、週に一度程度、必ず部屋を空ける日があった。  その日の彼は、自分に仕える女使用人の中から一人を選び、夜を共にするのだ。  そして、侍女のアリアがその女性の世話をする。それが、いつものことだった。  シルフィリアは何となく、レイファスは閨に呼ぶ女の誰にも触れていないのだろうと思った。  彼はいつも、何かに囚われていて、そこに他人が触れることを拒絶している。その弱い部分を守るため、人を寄せ付けない。  そして、そうまでして彼が女達を囲う理由は、明らかだった。  人々を恐れさせ、兄を圧倒し、あの国王ラザックと渡り合う、暴虐の化身。  その姿が、シルフィリアの緋色の瞳には、嘘つきなただの狼少年に映るときがある。  シルフィリアはふと、寝台の脇机に置いてあるタオルを手にし、彼の額の汗を拭った。  そうして、タオルを机に戻し――何となく、花に惹かれる蝶のように、彼の頭を撫でた。  薄く、青色の宝石がその姿を覗かせたけれども、すぐに瞼は閉じられる。  目の前の男は、仇だ。  国、父と母の、そして妹達の、仇……。  何も言わないレイファスに、シルフィリアも何も問わず、ただその頭を撫でていた。
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