3 処刑

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 だから、断頭台に上がるときも、久しぶりに顔を合わせた弟と従弟を見て、笑みを浮かべる余裕すらあった。  ラグナ王国の国民からは、殺せ、殺せと喝さいが上がっている。  彼らは獣の形態こそ持たないものの、狩りを行う捕食動物の気質を持っている。戦勝品であるシルフィリア達の処刑に、湧いているのだ。  シルフィリアが左を見ると、従兄のセディアスがこちらを見ていた。  いつもきっちり整えている深い紺色の髪は薄汚れているが、断頭台での処刑の邪魔になるからであろうか、いつもどおり、後ろに一つに結わえてはいるようだ。  そのダークグレーの瞳には、怯えと悔しさがちらついている。  シルフィリアが右を見ると、金髪に碧眼の、彼女より少し背の低い弟が、こちらを見ていた。  従兄と同じく、短く切った金髪は薄汚れていたものの、その碧色の瞳には、どこか安堵したような色が浮かんでいた。  シルフィリアは、二人を見て、何を言うこともなく、断頭台のある広場に居るラグナ王国の国民達に目を向けた。  空は快晴、湧き上がる観衆、後ろには処刑器具。  普通の貴族の令嬢であれば、震えあがり、泣き叫んでもおかしくないようなその場面で、シルフィリアはただ微笑んだ。  透けるような白い肌、きらめくホワイトブロンドの髪、そして何よりも輝く緋色の瞳。  彼女の、儚くも強い輝きに、処刑を望む喝さいが止んだ。  誰しもが、最期の時を受け入れた亡国の姫に見入っている。  自らの死を受け入れた、緋色の瞳の、美しい悲劇の姫君。  そのとき、一つだけ、声が上がった。 「――私に、この者達を」  低く、しかし広く行き渡る声に、シルフィリアが金糸を翻して振り向くと、そこには一人の男がいた。  ラグナ王国では、敵兵の処刑は娯楽の一つでもある。  だから、断頭台による処刑が実行される場合、その断頭台がよく見える位置に、王侯貴族が観るための貴賓席が設置される。声の主は、どうやらその貴賓席に居た者が発したらしい。  シルフィリアの緋色の瞳が捉えたのは、貴賓席の一つから立ち上がった、燃えるような赤い髪、冷徹そうな丹精な顔立ち、ラグナ王国民としては比較的細身とはいえ、精悍な体躯を持つ男。  シルフィリアはその姿に、見覚えがない。しかし、透けるような深く青い瞳に、彼女はその正体を知った。  ――あの時の、野獣。 「私の誕生日の贈りものにこの者達が欲しい」  そう言うと、豪奢な衣装を身にまとった赤髪の男は、貴賓席の中心に座るラグナ王国の主を見た。  細やかに刺繡を施された軍服が日差しの光で煌めき、深く暗い赤色のマントが、風に揺らされ、優雅に舞う。  公の場で、処刑を前にしてそのように乞われた国王ラザックは、貴賓席の最も高貴な者が座るべき椅子に腰を掛けたまま、眉をピクリと動かしたのみで、動かない。  その様子に、周囲の官僚達は震えあがったが、しかし赤髪の男は怯まず声を発した。 「父上。これを私にください」 「何を言うか、レイファス! 父上が処刑すると決めたのだぞ」 「誕生日の贈りものです。父上は、私の意思を優先してくださる。そうでしょう」  赤髪の男の暴挙に異を唱えたのは、シルバーブロンドの長髪が麗しい青年だった。  身にまとう衣服は赤髪の男のように軍服ではないものの、細やかに刺繍をされた正装であり、その身分の高貴さを窺わせる。  シルフィリアが固唾を呑んで状況を見守る中、シルバーブロンドの青年がさらに言いつのろうとしたところで、ラグナ王国の主が口を開いた。 「……何故、欲しがる」  黒い髭に覆われた口から低くおどろおどろしい声が響き、抗議の声を上げた青年――リチャード第二王子が身を縮こまらせる。  そんなリチャード第二王子を意に介することなく、赤髪の男は発言を続ける。 「珍しいからです。私の収集癖を、ご存じでしょう」  その言葉に、シルフィリアはギクリと身をこわばらせた。  今話をしているのは、ラグナ王国の国王ラグナと、彼を父と呼ぶ二人。  そして、収集癖のある赤髪の王子といえば、有名な第四王子のことで間違いない。  将軍として名高く、だかしかし、女性にだらしがなく、少数民族や女子供の死体を保管石に閉じ込め展示物として収集する、極めて特殊な性癖の持ち主――数寄者と評される暴虐の狼王子。  冷えていく指先、震える体を、必死に押し込めるようにして顔を上げ続けるシルフィリアの目の前で、黒髪のラグナ王国の主が、赤髪の息子に視線を投げた。  その眼光は鋭く、とても息子を見る視線とは思い難いものであったが、受け止める赤の王子は、そよ風でも吹いたかのような涼しげな顔をしている。 「何人だ」 「三人、全員です」 「一人だ」 「全員でなくてはなりません」 「では、二人。姫と――男は一人でよかろう」 「陛下」  レイファス第四王子は、冷たい表情を崩さないまま、父王に向かって奏上する。 「緋色の一族。治癒の力を引き継ぐ者。私は、その能力を開花させる実験をしたいのです。いくつか潰してもいいように、種は多いに越したことはない」  ピクリと眉を動かした父王に、官僚達はギョッと目を剥いた。  彼らの主君は気が荒い。獣の本性が色濃く出た猛き王は、強く大きく、そして何よりも残忍で、貪欲な性質を持っている。生まれながらに王として生きてきた彼は、その行く道を阻むことを許すような男ではない。  そして、先日の会議で、彼らの至高なる主は、養殖は要らないと宣言した。緋色の一族を、治癒の力を必要ないと断じたのだ。その決定は、レイファス第四王子も知っているはず。  であるのに、何故、彼らの主君に逆らうような真似をするのか。  官僚達は、問題児である第四王子の暴挙に驚き、王の怒りを恐れ、身を縮ませるようにして様子を窺っている。国民もそうだ。一触即発のこの状況に、固まり、身動きができないでいる。  そんな状況下で、問題の第四王子は、微動だにしなかった。  鋭利な青い瞳で、涼しげな顔で、ただ父王だけを見つめている。  問題の父王は、そんな四番目の息子を冷たく見据え、憤るわけでも迎合するわけでもなく、ただ問いを投げた。 「結果を出す見込みはあるのか」 「いいえ。これは私の趣味ですから。父上もご存じでしょう」 「……」 「父上」 「よかろう」  ラザック国王の一言に、会場中がざわめいた。  国王が、意を曲げた。  独裁の象徴である彼らの王、強きラグナ王国の象徴が、自らの決めたことを覆し、第四王子の希望を通したのだ。  それだけではない。  彼らは、こたびの戦勝品であるシルフィリア達の処刑を見に来たのだ。獣の本性が、戦いでの勝利を悦び、獲物の命を左右することに喝采を上げる。その素晴らしい機会を、第四王子が奪おうとしている。それを、国王は許すというのか。  官僚達も国民も不満を抱き、しかし彼らの主君の決定に真っ向から反対することもできず、ただざわめきだけが広がっていく。  そんな中、ある青年が声を上げた。
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