矢車菊を冠して

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 家族で過ごしたときみたいに、暖かくて、楽しくて。ひさしぶりに楽しいって思えた。ひさしぶりに、好きだって思えた。それなのにこの猫は、もう会えないなんてほざいてる。一期一会だから、出会いは一回きりでもすてきなものだよ、なんてきどっちゃって。  どうして? 今日は会えたのに? ねえ、そもそも貴方は誰なの? 疑問は口から出ることなく、猫の遠い空色の瞳に吸い込まれる。 「僕は…………いや、よそう。何事も……そうだな、ええと、知らぬが仏というだろう。正体なんて知って何になる? 聞いた時はうれしいかもしれない。君と僕だけの秘密だよ、なんて言って。それでも、何も変わることなんてないんだよ」私は猫をつかんで、ぎゅっと抱きしめた。 「どうして……みんないなくなるの?」はぁ、と猫は小さい口でため息をついた。 「僕はただの思い出なんだ。ほら、見かけに惑わされるなって、いつも母さんが言ってた……よね」腕の中からするりと抜け出すと、猫は最後に矢車菊の花冠をかぶせてくれた。
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