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「お頭。これじゃいけません。こいつ、このままじゃ石を産みません」
見かねて盗賊団の頭に苦言を呈したのは、下っ端のヴィーノだった。
元々清楚なワンピース風の制服を着ていたジュスタは、部屋の埃のせいでどんどん薄汚れ、表情も強張っていくのだ。どんどん心が死んでいっているのがわかる。
それに頭は「ああん?」と首を捻る。
「殴ればいいだろうが。それともは……」
「いけませんって。涙石産み出すガキなんて、そう簡単に見つからねえでしょうが。たまたま当たりを引いただけなんすから」
「でもあのガキ、もう表情が死んでるだろ。これ以上泣かすとなったらどうする?」
「縄で縛って逃げ出せないようにしてから、普通に散歩させればいいでしょうが。死んだら元も子もありませんって。そもそも、大量に涙石を流通させたら、そこで他のバイヤーから怪しまれて通報されたら事ですぜ」
それはそうだった。
既にジュスタを数週間も泣かせ続けたおかげで、平民が質素倹約に努めれば生活できる程度には稼いでいるのだ。これ以上稼ぎを上げたら、バイヤーから通報されて騎士団の取り調べがはじまってもおかしくはない。
盗賊団も頭は悪いが馬鹿じゃない。捕まらないようにコソコソと動き回るのが彼らのやり口だ。わざわざ見つかりやすくするべきじゃないだろう。
「ならあのガキの面倒お前が見ろ。ちゃんと泣かせろよ」
「わかってますぜ」
こうして、ヴィーノがジュスタの面倒を見ることになったのだ。
そうは言っても、彼女は窓のない部屋にずっと入れられていたのだから、いきなり日の光のある場所に連れて行ったら目が潰れてしまう。
ヴィーノはジュスタの部屋に「入りますぜ」と入ったとき、彼女は無反応だった。また殴られるのかと思ったらしく、肩を丸めている。殴られるとき、できる限り感情を殺して筋肉を緩めたほうが痛くないからだ。それにヴィーノは首を振った。
「今日はお頭から許可もらえたんで、散歩に行きましょう。ただ、逃げられたら困るんで、目も腰も縛りますが」
「……外、出られるんですか?」
彼女の声は、恐怖で強張っていたせいか、食事はかろうじて摂っているにもかかわらずカスカスに掠れてしまっていた。
ヴィーノは頷いた。
「ええ。外出ましょう」
こうして彼女は目隠しをされ、ロープを腰に巻かれた。てっきり腕を縛られたり首を縛られたりして、罪人や犬の散歩のように連行されるのかと思っていたから、拍子抜けだった。
ジュスタは目隠し越しに、久し振りに日差しを浴びた。ずっと薄暗くて埃っぽく乾燥した場所にいたため、温かな日差しは目隠し越しにも心地がよかった。
「……温かい」
「そいつはよかった。それじゃ、ちょっと目隠し取りますよっと」
そう言ってヴィーノから目隠しを取られた。
途端に日差しの気持ちいい花園に来ていたことに気付く。カモミールの花が咲き、蜂がぶんぶんと飛び回っている。
「綺麗……」
「そいつはよかった。ところで、あんたを泣かせないといけないんだが」
「あ……」
途端に彼女は身を強張らせた。まだ外に出してもらえただけで、盗賊団から解放された訳ではない。久々の温かい日差しで緩まった筋肉が強張る。
それにヴィーノは「あーあーあーあー」と声を上げる。
「なにもそこまで怖がらんでも。痛いとは言っても、お頭やお仲間みたく、恐怖なんか与えませんって。ただ、涙石はもらわにゃならんので」
「……はい」
でも彼女は涙を流したくても、女優でもないのに力を入れたら出るものでもない。彼女が頑張って涙を流そうとしている中、ヴィーノは手を掴んだ。それにジュスタは違和感を覚える。
(あれ……?)
盗賊たちに乱暴にされ、少しずつ心を削っていった彼女にとって、彼の手はどうにも盗賊と違う気がするのだ。たしかにお世辞にも手入れが整った手とは言わないが、豆のできる部分や乾燥している部分が違う。
それに彼女が違和感を覚えている中、ヴィーノは彼女の手の甲に皮のベルトを押し当てた。皮のベルトで、彼女の手の甲を叩いたのだ。
「痛いっ……!」
悲鳴を上げ、彼女の涙がポロリと零れる。途端にコロリと石が出来上がった。彼女の手の甲は赤くなってしまった。
それにヴィーノは「あーあーあーあー」と言いながら、ポケットからなにかを取り出したのだ。白いそれは、どうも軟膏のようだった。
「すいやせん。痛くなければ涙を流せませんし。でもこんな綺麗な体に、これ以上消えない傷はつくりたくないですねえ」
そう言いながら、彼女の手の甲に軟膏を塗りたくった。いい匂いがするのは、薬草を練り込んであるからだろう。気のせいか、痛みはすぐに引いてしまったのだ。
「すごい……」
「そりゃもう。それじゃ、ノルマは達成したんで戻りましょうか」
「……はい」
ジュスタはどうにも訳のわからないヴィーノにロープを取られながら、歩きはじめた。
逃げられないだけで、体は比較的自由にさせてもらっている。引っ張られて痛い思いもさせられない上に、助けてくれる。
これがいったいどういう意味なのか、何度考えてもジュスタには理解できなかった。
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