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それからも、ジュスタはヴィーノに連れられて、花園でベルトで叩かれて涙を溢して涙石をつくり、それを回収された。
だんだんジュスタは、彼の気持ちがわからなくなっていった。
(いい人なのかしら……悪い人なのかしら……)
いい人なら、逃がしてくれるだろうに。彼はジュスタを自由にさせてくれているだけで、逃がそうとはしなかった。
しかし悪い人ならば、彼女が殴られるたびに痛み止めや軟膏をくれる訳もなく、最近は彼女が薄汚れているのを気にして、お頭と交渉して彼女に没落貴族のものとはいえども、古着の服を着せてくれたり、ブラシで髪をとかしてくれたりする。
彼がどうしてこんなことをするのかがわからず、とうとうジュスタは尋ねた。
「あなたは誰? どうして私を助けてくれるんですか?」
そう尋ねた。
身長はジュスタとヴィーノはほぼ変わらない。ジュスタは小柄ではないが大柄でもなく、ヴィーノもまた似たようなものだった。骨っぽい体であり、ラフなシャツとスラックス姿で、髪も短く切り揃えられている。
それにヴィーノは肩を竦めた。妙に仰々しい。
「いい人が女の子ふん縛って連れ回す訳ないでしょ。こういうのはいい人とは呼びませんぜ」
そう言った。
ジュスタはなにかを言おうとしたが、ヴィーノがヘラヘラ笑ってはぐらかせてしまうため、それ以上追求することもできなかった。
彼がいると嬉しい。彼がいると怖いところでも我慢ができる。
こういうのは、吊り橋効果と言い、恐怖を一緒に体験してくれる人がいるとその人に安心して好きになってしまうものだが、錯覚らしい。もう錯覚でもいいんじゃないかと思っているのは馬鹿げていると、なによりもジュスタが一番自覚している。
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そんなある日、唐突に盗賊団が騒がしくなった。
最近は古着とは言えども可愛いドレス、食事も前まで食べていた歯が折れそうな硬いパンではなく野菜たっぷりのスープを食べれるようになったジュスタは、その音に唖然としていた。
「騎士団だ! 荷物をまとめろ!」
「ずらかれ!」
ドタドタドタドタ。
その足音の忙しなさに茫然としている中。
「いたか!?」
「いない!」
盗賊団とは別の声が聞こえはじめた。それにジュスタは震えはじめた。
今までは盗賊団は力で屈服させてくるような乱暴者ばかりだったが、それでもヴィーノに守られたおかげで痛いだけで済んだ。
もし魔法使いに捕まり、延々と泣き続ける薬でも飲まされて一生縛られたらどうしよう。
逃げたくても、彼女の部屋には窓がない。壁も分厚くて破れない。彼女はただ、震えて部屋の隅で固まっているしかできなかった。
やがて、ドタドタと床板を踏みならす音が消えた。
「ジュスタ、大丈夫か!?」
「……ヴィーノ」
パッと彼女を閉じ込めた部屋を開けたヴィーノを見て、ジュスタは困った顔をした。
いつもの盗賊らしい小汚いシャツとスラックス姿が一転、かっちりとしたシャツにジャケットの騎士団服に変わっていたのだ。
「……あなた」
「ああ、すまない。潜入捜査で盗賊団にいた。集団誘拐の中、君ひとりだけ見つからなくって探していたんだよ。涙石が流通するようになって、その流れがおかしいから調査をしていたら君が見つかった。すまなかったね。ずっと痛かっただろうに……調査が終わって騎士団が盗賊団を潰す名目ができなかったら、こうして君を解放することもできなかった」
途端に、ジュスタはポロポロと泣きはじめた。
コロンコロンと石が飛び散り、それにヴィーノはぎょっとする。
「盗賊団はもう壊滅したから! 君をちゃんと家にまで送り届けるから! もう泣かなくてもいいんだよ?」
「……あなたがいなかったら、私が私じゃなくなっていました……もう痛いのも怖いのも嫌です……でもあなたがもっと悪い人で、私を悪い人に売り飛ばしてしまったらどうしようと……私は心が狭いんです……」
「それは当たり前だろう。怖い想いをしたのだから……頑張ったね」
ジュスタはポロポロ泣きながら、大きく頷いた。
ひとまず彼女は車でヴィーノに送られていった。その中で、ジュスタはひとつの涙石を彼に手渡した。
「……こんな大きなもの。いただけない」
ヴィーノは涙石の価値がわかるのだろう。これを魔石として使えば、最低一年は買い足さなくてもいいくらいのものになる。ヴィーノが首を振るのに、ジュスタは微笑んだ。
「いいえ、受け取ってください。いつか、これで指輪をつくって持ってらしてね?」
「……逆プロポーズは、考えたことがなかったなあ」
ヴィーノは少しだけ頬を赤くした。
誘拐された商家のご令嬢が、騎士により助け出された。
これだけでも充分物語として美しかったが。
大きな透明な魔石でつくった指輪とカモミールの花束を持って彼女を迎えに来るのは、彼女が卒業する年まで待たないといけない。
<了>
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