いつも通りの昼休み

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いつも通りの昼休み

「なぁ、お前の好きな奴って誰?」 永瀬(ながせ)琴美(ことみ)の肩を掴む。 壁際に追い詰められた琴美が、キッと永瀬を見た。 永瀬が壁に手をついて、琴美を閉じ込める。 二人の視線が絡んで・・・・・・、 「美緒(みお)。美緒!ねぇ、聞いてる?」 突然、世界に音が戻ってくる。 「ギャ。」 本から顔を上げると心音(ここね)の顔が目と鼻の先にあった。 「せっかくイイところなのに。」 私の不満が聞こえているのか、聞こえていないのか、 「もー、またコンナの読んでる。」 私の手から『10年ラブ 〜両片思い、10年目〜』が連れ去られる。 10年ラブ、略して10ラブは私が今気に入っている恋愛小説だ。幼馴染の男女の、10年間の両片思いがもどかしく描かれている。(ちなみに私の推しは、主人公の一人の永瀬くんだ。) 心音はペラペラとページをめくりながら、 「現実ではいないわけ?・・・・・・気になってる人とか。」 「いないよ。」 「美緒、可愛いからモテそうなんだけど・・・・・・。」 心音はため息を付いて、 「まぁ、理想がこれじゃね。」 10を振って見せた。 今は昼休み。 生徒の談笑をBGMに、学園恋愛小説を読むのは私の数少ない楽しみの一つだ。学校という空間が、架空の学園の出来事に臨場感を与えてくれる。いつの間にか自分が主人公になったように感じられ、実際にはありえないようなトキメキを味わえる。 「けどさぁ、」 心音が少し不満げに(そして唐突に)口を開く。 「せっかく今、高2なんだからさぁ、彼氏の一人くらい欲しくない?」 (そりゃ、彼氏は2人もいらないよね、) そうツッコむ代わりに、 「それって、心音ちゃんが、だよね?」 私は関係ないよね。という気持ちを込めて、少しわざとらしく首をかしげて見せる。 たちまち心音が眉をしかめた。 「よ!!」 「あぁ〜はいはい、まぁそのうちね。」 「またそんな呑気なこと言って!」 ムキになる心音をなだめつつ、窓の外を見る。 二階の教室は風通しが良い。心地よい風が窓から入ってくる。いい天気だ。 (彼氏なんていなくても、十分楽しいと思うんだけどなぁ) 「心音〜、早く10ラブ返して〜。」 男女関係なんて、考えただけで面倒くさくなってくる。そういうのは物語の中だけで十分だ。そもそも現実世界で、物語以上のトキメキなんて無いのではないか。 少なくともこの時はそう思っていた。 しかし、その考えが浅かったことを、私は身を持って知ることになる。 しかも数時間後に・・・・・・。
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