始まりは10円玉!?

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始まりは10円玉!?

『ばいば〜い』 『オマエ、今日の放課後暇?』   『ごめん!塾。』 『やべぇ、部活遅れる!』 授業が終わると、校内がにわかに活気づく。 「美緒ー!放課後暇?」 教科書を片付けていると心音がやってきた。 「まぁね。」 「ちょっと職員室ついてきてくれない?課題の提出忘れてた。」 心音が手を合わせて、拝む真似をする。 「いいよ。あ、でも途中で購買寄っていい?」 私は手に持っていた財布を振ってみせた。 これがいけなかった。 私の財布から飛び出した小銭が数枚、宙を舞う。 硬貨の描く放物線と、心音の慌てる様子が妙にゆっくりに見えた。 10円玉が1枚、開いていた窓から飛び出す。 「あ!」 私が叫ぶと同時に軽やかな金属音がして、硬貨が2,3枚足元に落ちた。 「痛っテ!」 「キャ!何?」 窓の下から声がして我に返る。 「ごめん!ちょっと行ってくる。先に職員室、行ってて!」 そう言って私は駆け出した。 校舎の裏側、10円玉が落ちたであろう所まで来る。 私はふと、植え込みの陰で足を止めた。 誰かが言い争ってる声がする。 「だぁからぁ。もう付き合えないって、言ってるのわかんない?」 「なんで?維紗(いさ)だって私のこと嫌いじゃないって、言ってたじゃん!それにどうしてこんなに突然?」 「知らねぇよ。付き合ってくれ、ってしつこかったのそっちだし。とにかく別れてくれない?ウザい。」 「ひどい!」 さっき悲鳴をあげた人だろうか。 出て行きづらい。でも、ずっとここにいるのも盗み聞きをしているようで、気が引ける。 (どうしよう。早く終わってくれないかな) 「ほら、さっきの10円お前にやるよ。頼むから、別れて。」 男子生徒の言葉に、美緒は「えっ。」と小さく声を漏らした。もちろん別れ話云々のことでではない。さっきの10円。美緒が落としたやつのことだ。 (なんで?勝手に人にあげちゃうなんて、ひどくない?) 「勝手にすれば!」 悲鳴のような捨て台詞と、誰かが走って行く音がした。 恐る恐る、植え込みの影から様子をうかがう。一人の男子生徒が、こちらに背を向けて立っていた。少しためらってから足を踏み出す。 「あの、すみません!」 「何か?」 振り向いた男子の、鋭い眼差しが私を捕らえる。 思わずすくんで動けなくなる。それに気付いてか、彼の表情が少し柔らかくなった。確か振られていた女子は彼のことをイサと呼んでいた。 「ごめん。何か俺に用ですか?」 そう言って笑顔を浮かべる。私は一瞬ドキッとした。 さらりとした黒髪に、猫に似た目、鼻筋も通っていてまるで・・・・・・、 (永瀬くんだ!) 一瞬ホンキでそう思った。よく見ると少し違うのだが、本の挿絵や表紙に描かれていた、永瀬くんに重なるところがある。 いつまでも口を開かない私に、イサが焦れたような素振りを見せた。 (あ、10円のこと言わないと。) 「あの、さっき窓から10円を落としてしまったんですけど、なにか知りませんか?」 誰かに当たったみたいなんですけど、と付け足す。 「あぁ・・・・・・、いや、知らないかな。」 笑顔のまま彼はそう言った。 あまりに涼しい顔で嘘を付くので、ほんとに違うのかな?と思いかけた。でも、さっきの会話を思い出して我に返る。“さっきの10円”あれは間違えなく、美緒が落としたやつのことだ。 (見た目はちょっと似てると思ったけど、中身は永瀬くんとは大違いじゃない!) 美緒はだんだん腹が立ってきた。 窓から落ちてきた人のお金(しかも10円)で別れ話を終わらせ、取りに来た持ち主に嘘を付く。サイテーだ。 黙り込んでいる私を見て、彼がニヤリと笑った。 「もしかして聞いてた?さっきのやつ。」 (え!) 予期していなかった質問に反応することができない。慌てる私を見てまた彼が笑う。 「聞いてたんだ。」 イサの目が私の目を捕らえてそらさせない。 「知ってるんならわざわざ聞かなくても良くない?10円なら、元カノにあげたけど?」 それが何か?というように私を見る。 「あれ、私のお金なんです。人にあげたのだったら、あなたが代わりに払って下さい!」 「君のお金だって証拠はあるの?俺が見つけたやつ、別の奴が落としたやつかもしれないけど?」 「でも、”痛っテ”って言ってるの聞きました!あなたに当たったんじゃないですか?」 早く認めて、お金を返して欲しい。 二人の間を穏やかな風が通り抜けていく。 不意に維紗が吹き出した。苦しそうに笑い出す。さっきまでとは違った、素の笑いだ。 「10円でムキになって変なヤツ。それに・・・・・・、」 維紗が急に動いた。美緒の手が大きな手に包まれる。 「震えてんじゃん。俺のことが怖い?」 覗き込むように見つめてくる。たしかに怖いかもしれない。少なくとも維紗は苦手なタイプだ。でも、 (ごまかそうとしないで。) ここで諦めたくはなかった。 手を掴まれて嫌なはずなのに、なぜか振りほどけない。 心臓の音が不自然に大きく聞こえた。 パッと手が離れる。妙に涼しく感じた。何故か寂しいような気持ちになる。 (何で?) 戸惑っている私の前で、彼は前髪をかき上げて見せた。左の眉の上が薄っすら赤くなっている。 「確かにあれは痛かった。けど、俺は君に金を払う気はない。もし返して欲しいのなら俺の元カノのところに行って。3年A組の本郷サラ(ほんごうさら)ってヤツ。まあ、返してくれるか知らないけど・・・・・・。」 「それとも、」と彼が続ける。 「10円をネタに俺を強請ってみる?」 もちろん冗談で言ったのだろう。いたずらっぽく笑った。その笑い方が、10ラブの永瀬に重なる。 ちょうど今朝、読んでいたシーンの挿絵。そこに描かれていた永瀬の、少し尖った微笑み・・・・・・。 私の意識が一瞬にして、10ラブの世界に飛ぶ。 「壁ドン・・・・・・。」 無意識にそうつぶやいていた。 (え・・・・・・!?) 「え?」 維紗が初めて戸惑いの表情を見せた。でもすぐにまた、少し意地悪な顔になる。 「ふぅ〜ん。やっぱりそういうのが目当て?」 口元は笑っているけど、目が笑ってない。 慌てて私は首を振って、 「いえ、違くて。あの、好きな小説の気に入っているシーンがあって、」 (私ってば、何必死になって説明してるんだろ。) 言いながら恥ずかしさで顔が熱くなる。毒喰らわば皿まで! 「10円の代わりに、そのシーンを再現して下さい!」 うつむいたまま早口でそう言い切った。 おかしいよね?気まずさと不安から、勢いに任せておかしなお願いをするなんて。やっぱりなんでもないです。と言おうとした時、 「・・・・・・なんてやつ?」 黙ってなにか考えていた維紗が口を開いた。 「”10年ラブ”・・・・・・。」 「知らないな・・・・・・で、何すればいいの?」 維紗の言葉にうつむいていた顔を上げる。 「やってくれるんですか?」 勢いよくそう言うと維紗は肩をすくめて、 「10円で俺の壁ドン、買うんじゃないの?」 私の肩を掴んで軽く押した。
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