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このトキメキは恋じゃない!?
放課後。
図書館に本を返しに行った私は、階段を急ぎ足で降りていた。今日は10ラブの最新刊の発売日だ。早く買いに行きたい。図書館は4階で、校舎の端の方に位置しているので、行き来だけで結構疲れる。
「ねぇ、理由だけでも教えてよ!」
その声に驚いて足が止まった。
(何でまたいるのよ!!)
聞き間違えではない。本郷サラの声だ。
「なんでもいいじゃん。それより、そこ通してくれない?帰らないとなんだけど。」
そしてこっちは、水無瀬維紗の声・・・・・・。なんで、2日続けて(同じ)カップルの喧嘩に遭遇するの?それに今日は、なんとしてでも早く帰りたいのに。立ち止まって、どうしようか考える。図書館から2階まで降りる階段はここしかない。しかもここは3階に降りる途中・・・・・・。2人がいなくなるのを待つか?いや、そんなことをしていては遅くなってしまう。通り抜けよう!私は腹をくくった。
どうやら2人は3階の踊り場のあたりにいるようだ。目を合わせないようにして、急いで行けば大丈夫。
「私に言えないような理由があるの?」
「理由なんて聞いてどうするの?」
「だって、理由聞いたら諦めつくかもしれないじゃん。」
「・・・・・・。」
階段の上に立つ維紗を見上げるようにして、一番下の段に足をかけた本郷サラがいた。通るなら今のうちだ。足早に維紗の横を通り過ぎる。
「あ!昨日の・・・・・・。」
そのつぶやきは小さかった。その分私の心を揺らがせた。思わず体を捻って、仰ぎ見るように振り返る。窓からの光を背中に受けた神々しい姿の彼。目が合う。それと同時に私の足が滑った。段を1段踏み外し、体が傾く。
「あ!」
2人の声が重なった。
背中に背負ったリュックが、私を下へ強く引き付ける。落ちていく。
絶叫マシーンに乗ったときのように、胃に気持ちの悪い浮遊感があった。目を閉じる。本郷サラの、階段下から私が落ちてくるのを見ている彼女の悲鳴を、聞いたような気がした。
私が予期したような全身への痛みはなかった。代わりに前から何かぶつかるような衝撃と、力強く上に引っ張り上げられる感覚があった。もちろんこれは、全て一瞬の出来事だ。だけど私には、その一つ一つが鮮明に感じられた。
目を開けると、眼の前に学生服の金ボタンが見えた。
「大丈夫?」
維紗が抱きとめてくれたんだ。そう理解するのに、少し時間がかかった。落ちるときの恐怖が、震えとなって今頃襲ってくる。維紗は震える私を座らせると、横にしゃがんだ。
「維紗?」
階段下からの、ためらいがちな呼びかけ。そこで私は、初めてまじまじと維紗の元カノを見た。
ゆるく巻かれた長い髪。どう見ても折ってある、丈の短いスカートからスラリと伸びた脚。少し勝ち気な口元と、切れ長の目が印象的な美人だ。もし学校で美少女コンテストをしたら、きっと3位以内に入るだろう。彼女は何か言いたげな顔で、私と維紗を交互に見比べた。
維紗が私の耳元に口を近づけ、かすかな声でささやく。
『黙ってて。』
(黙ってて、って何を?)
「サラ、ごめん。この娘、俺の新しい彼女。できれば言わずにいたかったけど、諦めてくれないみたいだから。」
「!」
私は思わず声を上げそうになった。維紗は彼女の方を向いたまま、私の頭を引き寄せて見せる。いい香り。なんの洗剤を使ってるんだろう?
「・・・・・・適当な嘘つかないでよ。」
(ホントに適当なこと言わないで欲しい。いくら早く開放されたいからって、こっちはいい迷惑だ。)
それに、どう見ても私は通りすがりの生徒で、この場をしのげるようには思えないのだが・・・・・・。
「ごめん、嘘じゃない。昨日の10円も、彼女に頼んで窓から落としてもらった。何か邪魔入れて、って。まさかお金投げるとは思ってなかったけど。」
そこで私に優しく微笑みかけた。どこからどう見ても彼女を見る彼氏の顔だ。推し似の顔で微笑まれ、不覚にもドキドキしてしまう。それをどう受け取ったのか、
「そんなの・・・・・・何で・・・・・・。」
サラの目の周りが赤く染まっている。泣いているからではなく、怒りのためだろう。私はぼんやりと、彼女の形の整った唇が震えているのを見ていた。なんだかドラマでも見ているようだ。現実味がない。第一、学校でS組の王子と囁かれる人の腕の中にいる事自体、非現実的だ。サラは、しばらく私を睨むように見つめていた。時間が止まっているような感じがした。そうしていたのは一瞬だったのかもしれない。サラは身を翻すと、階段をかけ降りて行ってしまった。ホッとして肩の力が抜ける。
「ありがとう。ホント助かった。」
維紗は手を離すと、私の横に座り直した。片膝を抱えて、私の方を見る。いちいちポーズが決まっていて、腹立たしいほどカッコいい。
「理由って・・・・・・、ほんとの理由ってなんだったんですか?」
「彼女と別れたかった理由?ホントに単純なんだけど、彼女とは合わないなって思ってたし・・・・・・、」
ちょっと鬱陶しかった。気まずそうに目をそらしながら言った。
「それを言わなかったのって・・・・・・。」
「ん。言ったらきっと、『直すから、もうしないから。』って言ってつきまとって来ると思ったから。」
ニコッと笑う。それはどこか寂し気に見えた。私は考える。
大手製薬会社の息子。頭が良く、容姿も整っている。人の関心も高いだろう。ストーリー展開としては、やたら気が強くて自信過剰な女子達に狙われて・・・・・・。といったところだろうか。恋愛小説で言えばありがちな話だ。10ラブに比べれば単純で、面白みがない。まぁ、現実にそこまで求めるのも無理な話か。それより早く帰らないと。
「美緒ちゃんっていうんだ。」
急に名前を呼ばれて、立ち上がりかけた私は動きを止めた。
「何で・・・・・・。」
知ってるんですか。と言いかけて気付く。学校指定のスリッパには名前が書かれている。
「知ってるかもだけど、俺、水無瀬維紗。」
「知ってます。」
今更自己紹介なんて、なんだか変な気がする。
「私、今日は用事があるので・・・・・・。」
私は、立ち上がろうと階段の手摺に手をかけた。
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