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国内の映画において権威のある賞とされる『日本映画アートワーク賞』、その授与式会場に井出は訪れていた。
井出自身が監督を務めた「幸福と孤独」が作品賞、監督賞、そして主演女優賞にノミネートされているためだった。
井出としては主演女優賞に吉川亜香里が選ばれることを期待していたが、それは叶うことはなかった。その代わりに呼ばれた女優の名前に井出は驚いた。
「主演女優賞は、『夢が見つかるまでは』遠藤七海さんです」
拍手が会場中を覆う中、ステージの上を遠藤七海が歩いていく。
遠藤七海、それは井出が起用しなかった女優の名前だった。自分が選ばなかった女優が主演女優賞を受賞した。
『夢が見つかるまでは』は原作付き映画だった。かつてプロダンサーとして海外で活躍した女性がシングルマザーとなり、10年以上離れていた日本に帰り、親子で歩き始める作品で、そのシングルマザー役を遠藤は演じた。
井出はひとつため息をついた。
自分の映画に起用しなかった女優が何かの賞を獲る、それは彼にとって「ありふれた出来事」であり、今更そのことにショックを受けるほど彼は若くもなければ、キャリアも浅くない。
このため息で切り替えてしまおうと思っていた、そのとき聞こえた紹介部分に彼は違和感を抱いた。
「遠藤七海さんはシングルマザーの元ダンサーという難しい役に挑戦されました。ダンスの表現では、170センチを超える身長を活かし、ダイナミックに演じられました。また日本人なのに日本がわからないという難しい部分を――」
女性アナウンサーが読み上げる受賞理由を聞いて井出は耳を疑った。
『170センチを超える身長を活かし』?
違うだろう? オマエは170センチではないだろう?
井出は心の中でステージ上で微笑む女に問いかけた。
今日は高いヒールを履いているので遠藤は本来の身長以上に高く見えるので、隣に立つ司会の男の身長と比較することに意味はないと井出は考えた。
なんとも茶番だな、心の中でそう吐き捨ててから井出はグラスに注がれているシャンパンを一気に飲み干した。
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